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2009年10月17日

女に金を使わせて

女に気を使わせても、力と金は使わせるなという言葉が、父からの教えであった。

なので極力、女の前では見得を張って生きて来た。

それでも、御馳走した後、「コーヒーおごらせて」とアルコールの後の茶店に誘ってくれるような、優しい女が多かった事は、私の出会いの遍歴の中で嬉しい事であった。

十円玉すら入っていない財布を持つ自分を隠し続けたとしても、何故か、「美味しそうにビールを呑む姿が見たい」と、その女性なりに精一杯の振る舞いをしてくれた。

普段からタバコを辞めるようしつこく忠告して来た彼女が、金がないから止むなく禁煙しようとする私には、黙ってワンカートンのセブンスターをプレゼントしてくれた。

愛情がお金に換算する事等無いけれど、それでも、見得を切りきれないくらい困窮した時、黙って、財布を開いてくれる女性は絶対に手放しては行けないと今は思う。

お金を持つ事が、男の甲斐性ではあるが、本当に良い女は、お金がない男にさりげなく財布を開く女でもある。

そんな女ほど、いつか阪急百貨店で好きなものを買わせてやると男に思わせるものだ。

そんな不確実な未来の幸せに投資している女の好意を無駄にして、好き勝手生きて来た。

落ちぶれて、自分を見失ったとき、そんな女性達と出会えるわけは無い。

寿司を御馳走すれば、「この寿司は硬い」
粉ものでごまかせば、「このソースは辛い」

そんな女性は缶ビール一つ、男に奢るのが惜しいものだ。

何故なら、自分を見失って、かつ落ちぶれたとき、出会う女性の財布の中身等空っぽだからだ。

それでも、昔、何も言わず私に何かを与えてくれた人たちの財布の中が潤っていたかというと、そうでも無かったような気がする。

誰だって缶ビール一本の値段は同じである。

そう思うと、私はどんなに人の気持ちを踏みにじって生きて来たかと痛みを感じる。














posted by shingol at 05:57| 大阪飲食ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月06日

エルム街の悪夢

18歳の時、隣のクラスの女の子をデートに誘う事に必死であった。
友達のアドバイスを求めた後、隣のクラスと合同の体育の授業の後、思い切って、意中の女の子を映画に誘った。

情けなかったのは、何を観るかも考えずに、今度の日曜日にと告げた事であった。

結果、その日曜日に上演している十代にふさわしい映画とは「エルム街の悪夢」しか無かった。

ミナミの南街会館で、好きな女と座を並べた私は、映画の内容よりも、心拍数の高まりしか感じ得ない時間を過ごした。

そればかりか緊張のあまり、何度もトイレに駆け込んだ。

映画「エルム街の悪夢」を好きな女の子と観た時間は、私にとっての悪夢の時間でもあった。

女の子は不細工顔であった。

しかし、学校の誰よりも、化粧が華やかであった。

古内東子を見ていると、その時の女の子を思い出してしまう。

顔が不細工でも化粧が上手ければ、その女性の美的感性が優れているという事でもある。
ということはその女性は美しい女性なのである。





posted by shingol at 13:21| 大阪飲食ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

武庫川の想い出

淀川を挟めば、双方の街の配色も匂いも異なるが、河川敷に限っては、淀川のどちらも同じ色と匂いを放つものだ。

何故、貧しい人は川を求めるのだろう。

そういえば私の生まれ育った故郷も、地名の最後は川東であった。

韓国から戸籍謄本を取り寄せた。

ハングル文字の羅列の中で、出来島、守部という漢字が異質に浮かび上がった。

祖父母は西淀の出来島に辿り着いて、後に尼崎に渡った。

生活の源は水である。

水を求めて、人は皆、移動する。

祖父母が辿り着いてくれた武庫川の優しさの残像が、今も私を癒してくれる。

武庫川を越えれば、すぐに甲子園があった。

子供の頃は阪神タイガースのユニフォームが欲しくてたまらなかった。



posted by shingol at 12:14| 大阪飲食ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月27日

「泰山/TAIZAN」×「プロレス昭和異人伝」コラボレーションTシャツ完成

「泰山/TAIZAN」×「プロレス昭和異人伝」のコラボレーションTシャツが完成致しました。

「泰山/TAIZAN」氏はご存知の方も多いかと思いますが、国内外で評価の高いイラストレーターです。
「プロレス昭和異人伝」のプロレスへの願い・・・それは「プロレスはプロレス」だと開き直る前に「プロレスは闘い」であるという事。
そして「プロレスの上手い下手」だけが評価の基準と成ったプロレス界に対して「闘える技術と気持ち」を取り戻して欲しいという事です。

「プロレス昭和異人伝」のそれらの願いを「泰山/TAIZAN」氏が表現してくれました。

かつてプロレスに闘いを見つめて来た方達には絶対に共感を呼んで頂けるTシャツだと信じています。
また若いプロレスファンに対しても何かを訴えかけていけるデザイン性及びメッセージ性の高いTシャツだと信じています。
Tシャツはこちらの「泰山/TAIZAN」×「プロレス昭和異人伝」コラボレーション・シリーズのショップにて販売しています。

ポロシャツはこちらです。

フロント
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バック
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posted by shingol at 07:18| 管理人より | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月14日

兎我野町と北巽の想い出

二十代の半ば、私は狂ったように遊び続けた。
割と良い職場に就職出来て独身には充分な給料をもらっていましたが、父親の会社も順調であったので、父親の会社の手伝いをするたびに身分不相応な小遣いを手にしていた。
財布の中のその日使っても良い金は10万円を切る事は無かった。

あぶく銭に自分を見失っていた時期、兎我野町の韓国クラブに出入りするようになった。

同じ血の流れる女性達の綺麗どころが、父親のすねかじりの二十五歳の私の両脇に座ってくれた。

私は彼女達の言葉に踊った。

男を気持ち良くさせてくれるのは、どんなに綺麗な女との性の快楽よりも、綺麗な女の発する気持ちの良い言葉でしかなかった。

三つ下の絶世の美人のホステスと親密な関係になった。

日曜になれば、決まって「買い物に行きたい」と高額な衣服を買わせ、平日の夕方には「一緒に御飯を食べたい」と同伴出勤に誘う、絵に描いたような商売女の振る舞いを続けて来た彼女が、ある時期から、私には店に来て欲しく無いと言うようになった。

ただし店が終わる時刻、必ず彼女からの電話が続くようになったのも同じ時期からであった。

逢っても、私に高級な料理も、高額な衣服も要求しなくなった彼女であったが、私に対しての時間の要求は遠慮がなかった。
コーヒー代だけは私に支払わせたが、高級な夜食も宿代も私に要求する事無く、ただ、私の時間だけを要求して来た。
私は翌朝の仕事開始時間の一時間前まで彼女と過ごす日々を続けた。

「あなたをもらうことは出来ないけれど、あなたの時間だけは下さい」と、たどだとしい日本語で言われると、私は至福の喜びに包まれた。

ある休日、生野の北巽にある彼女の寮まで出向いた。
約束の時間を間違え、一時間早く到着した所、彼女はサウナに行っている事を同居する別のホステスのお姉さんが教えてくれた。
寮の前で10分ほど待っていると、そのお姉さんが中で待っときなさいと言ってくれた。

不在の彼女の部屋に案内された私は、部屋の壁に私の写真が貼っている事に嬉しさを感じた。
しかし、その横には、彼女と別の男の済州島でのツーショット写真が貼られていた。

私は所詮、商売女だと割り切って付き合っていた彼女が、少なくとも、この日本では私だけを想ってくれる事に感謝した。

私などと付き合った為に、故郷の済州島で作った借金を返済する目的を忘れた彼女は、商売女であるのに商売が下手と成り、もっと稼ぎの良い山梨のカジノクラブに勤めを変えざるを得なかった。

新幹線に同乗して、どこかの駅で、ローカル線に乗り換えた。
当日、新幹線で帰れるギリギリの時間まで彼女の目的地の駅ちかくまで同乗しようと想ったが、時間的な限界が来た。
次の駅で降りる事を決めた。

車掌に「この人は日本語が分からないから◎◎駅で降ろして欲しい」と伝えた。

彼女の不安げな表情を見つめながら、財布の中にある、所詮、親のすねかじり程度の小銭で、愛する人さえ救えない自分を軽蔑した。





posted by shingol at 22:07| 大阪飲食ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月02日

絶対的な愛の色々

私にとっては、アントニオ猪木が演じ続けてくれたフィクションの世界と、駅のホームで携帯電話を耳に当てながら、深い礼を行なう営業マンは同じ世界である。

形こそ気持ちを呼び、動詞の感情を他者に与えるものだと思っているからだ。
携帯の向こう側に頭を下げるサラリーマンが、少なくとも、鼻をほじりながら、足を組み、上の空で、相手に調子の良い事をいっているわけでは無い。

愛情に盲目的な人間なパターンはいつの世も同じである。
心の中の本心だけを絶対化し、求め続けるのだ。

結果、人の心の中の絶対的な真実の気持ちだけを求め、真実とは程遠い部分への、失望が、孤独を呼び、愛の失望を感じさせるものだ。

しかし所詮、人の真実等、絶対的な利己主義の原則に基づいているものである。
そういう人の真実だけを追い求め続けるのが、今の世の愛の形だ。

しかし、人間には、群れをなす、ほ乳類としての絶対的な分配欲求が在る。
その分配欲求に基づいて、全てのほ乳類は他者を必至に舐め、動詞の愛を表現しようとする。

絶対的な無償の愛等、自分の分身の子供たちにしか有り得ないのに、人は皆、他者に親のような絶対的な真実の愛を求める。

人の世界で、分配欲求は他者への愛情表現、すなわち動詞の愛に昇華したのに、いまだ親の愛を他者に求める悲しい人たちがいる。

人間等基本的に乳離れした時から、孤独な存在である。
孤独だから、他者を必要とし、必要とした他者に、動詞の愛を伝えようとする。

遥か昔は、自分の餌を他者に与えていた分配欲求という愛の源が、何故、いつごろから、他者からの絶対的な愛を求めるようになったかは私は分からない。

自分の感情が常に優先し、他者からの愛ばかり求める人たちに、アントニオ猪木がフィクションとして動詞としての勇気・愛・英雄像を伝えてくれた姿の理解等出来はしないであろう。

私の父が私に読めと勧めてくれた李白の詩の世界を偶然、前田日明が好きだった事は驚いた。
他者との絶対的な距離感と孤独の中で、月を綺麗と思える共通点だけで、他者との中に刹那的な共感を見つけ、そして孤独からの解放を夢見た、私の父と前田の似た想いであると私は思った。

だからこそ人には優しくすべきだ。
貴方より肩身の狭い人がいるのなら、常に声をかけてあげるべきだ。
元気にしてるか?
どうや調子は?

肝心なのは、自分より強い思えると人間に対してである。
どうですか?調子は?
常に言ってあげてください。
そういう人は常に実は貴方より弱く、重い負荷のかかった人たちである。

自分が強い人間であれ、弱い人間であれ、人の熱量のこもった優しさに気持ちを動かされない人間はいない。

それが真実の気持ちであれ、どうであれ、それがほ乳類の分配欲求から昇華した絶対的な他者への愛の姿なのであるから。

愛とは隠した心の中にあるものでは無い。

私はアントニオ猪木が身を削って私に与えてくれた動詞の愛を持って、人に優しいと言ってもらえる人間になれた。

それはアントニオ猪木がフィクションであれ、どうであれ、完全な動詞の愛の世界を私に見せつけてくれたからだ。

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posted by shingol at 11:49| 私とプロレス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月28日

僭越ながら、当ブログの誉れ

当ブログをご紹介いただいたブログの方の一覧です。
大変嬉しく思います。
有難うございます。

深町秋生の新人日記様
blogのプロレス様
P-log「pasin.exblog.jp」様
on our way home様
プロレス・格闘技の散歩道様
ka-lei-do-scope weblog様
函館望郷ブログ Life is aJourney! 様
う゛ぉんぼやーしゅ様
30にして立たず様

そして、いつも御世話になっています
K-1心中様

まだまだ私の気づいていないサイトなどで当ブログをご紹介いただいた方々おられましたら、大変有難く思います。
また、本サイトの方に嬉しいお言葉を頂きました
ホビットの指輪様、有難うございます。
そしてブログは御辞めになられましたが、最初に、当ブログをご紹介いただいたpencroft
様有り難うございました。
私のブログはコメント欄を設けていませんので、ブログ主の方が御自分のブログで評価していただいたり、御読みいただいている方々からのメールでしか、記事に対しての評価は分かりません。
なので、大変それらは有難いものです。

今年の冬に大きな試合があり、また、ブログとは別の原稿への挑戦も始まっています。
(電子出版でなく、プロレス物でもありません…)
仕事も含め、一日一日が挑戦の日々となりそうです。
当然ブログも含めて。

そういう中で、大変嬉しい誉れとして、頑張ろうという気持ちにさせていただいた上記のブログ様をご紹介させていただきました。








posted by shingol at 21:35| 管理人より | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月21日

無学の意地

ならず者の父は、中学中退であった。
学歴が無いので、誰よりも、学識にこだわった。
父曰く、活字を追いかける人間は、テレビを観る人間とは異なる顔つきを作り出す。
なので、勉強等しなくて良いけれど本を読める人間になれと、さんざん言われ、私は育った。
色気がつき、グラビア雑誌を隠しておけば、これ以上無い怒りであった。
写真を眺め自慰に励む時間があれば、団鬼六でも読めと渡された文庫本の内容は、小学生の私には到底、理解など出来なかった。

私の長屋のおじさんたちが次々と消えた。
無学のならず者が、腕っ節だけを承認欲求の材料と出来ていた長屋から消えたのだ。
多くのおじさんたちは、無学故に、政治も、思想も、社会も、知らない、学識とは無縁の漢たちであった。
朝日新聞を読めば、自分の郷土とは、全く違う北の土地にも、理想の楽園が在ると信じ、無知故の情報の犠牲となってしまった。

以後、私の父は、無学を克服する為の、知識に、異常にこだわったらしい。

本当は李白と論語以外いらない父であったが、ひたすら政治・経済・社会学の本を乱読し続けた。

この世を支配するのは情報である。
そんな世から自分を守るのは知識である。

情報に対して批判的精神を保とうとする父であったが、それでも、テレビに映るプロレスや歌謡ショーを眺めながら、あるいは場末の酔客の群れの中で、飲む酒に、束の間の安らぎを求めた。

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posted by shingol at 18:14| 私とプロレス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月16日

西中島南方から新大阪まで

私の父の会社は新大阪に本社が在った。
阪急沿線に住む私は阪急「西中島南方」の駅を降り、新大阪まで歩いて、父の会社に向かうのが常であった。
「西中島南方」を降り、風俗の呼び込みをほんの数分、無視して歩くと、早速始まる無機的な静かな道のりの中を黙って歩いた。

しかし、それがどんな道のりであったか、私は忘れてしまった。
覚えているのは中堅どころのホテルが在った事、そして、ホテルを越えると、JR新大阪の駅を、どのようにして越えるかを考えるややかしさを覚えた私の心内であった。

父の会社に着くと、早速、父の自慢話が始まった。
成人している私の頭をなでながら、「こいつは5歳のときに連れて行った韓国クラブのお姉ちゃんを見て、あそこを立てよったんや」と最初の挿話を堅気の社員たちに大声で伝えた後、私がレスリングに夢中になって取り組んでいる事、堅い仕事に就いてる事、真面目な事、酒に強い事、適当に遊び人である事を延々と語り続けた。
それは父が亡くなるまで5年続いたいつもの光景であった。

いつも最後に付け加える言葉があった。
「わしがこの世で怖いのは、こいつだけや」というお決まりの台詞であった。

私にすれば成人に達する前に既に土建ヤクザの小さな組織の長であった父の口から、私を怖いという言葉を聞くのは、何度聞いても分からない、不思議な台詞であった。

私が子供の頃、父の兄が、半ば強制的に、自分の子供を私の家に住まわせた。
いかに父が怖い者知らずの男であっても、悲しい事に、私の一族で年長者に逆らえる者誰一人いてなかった。

私の伯父さんが手放した、私の従兄弟のお兄さんは、14歳の年齢で出来る限りの悪さをし尽くした。
バイクの後ろに私を乗せ、夜の街を走り抜けた。
田んぼの中をバイクで走り抜け、足を引きずる年寄りを嘲笑った。
鶏小屋の鍵と戸を開け、数えきれない数の鶏を広大な田んぼに放った従兄弟は、その年寄りのこれ以上ない怒りの形相を快楽の道具として、バイクの後ろの私の両手を自分の胴に強く絡ませながら、どこまでもバイクを走らせた。

煙草を私に買いにいかせていた従兄弟に、私の母が気づいた。
私の母は何も言わなかったが、武庫川での乱闘キャンプに私を連れて行った時は、さすがに父に伝えた。

父が従兄弟を制裁した。
私が初めて見た暴力の原体験であった。

頬を引きちぎんばかりに握りながら、唾を飛ばしながら、父はひたすら従兄弟をののしり平手を数十回は食らわせ続けた。
従兄弟が「堪忍して下さい」と泣きながら媚びた後、父は従兄弟の身体をこれ以上無いくらい強く抱きしめた。

自分の兄からの依頼を忠実に遂行した父は、従兄弟を、後の名古屋の実業家に至るまで育て上げた。
あくまで表向きの実業家である。
成人してから合う従兄弟は、一目見て堅気の人間ではなかった。

それでも従兄弟は私を怖がっていた。
父の血を持ち、かつ、レスリングという闘う競技に没頭してきた私を恐れていたのだ。

私は従兄弟こそ、父の息子であるべきだと、思いつつ、世の中に法律があるから守られているのは実はヤクザだという父の言葉を思い出した。

法律があるからヤクザが威勢を張っていける現実を知っていたのは、しがない土建ヤクザの私の父でしかなかった。

父の会社のある新大阪から東京に出発した。
ルールのある競技で惨敗した私の戻る場所は、新大阪を経なければならなかった。

父の会社についた私が、レスリングを諦め、父の会社を継がして欲しいといった途端、父が血相を変えて私に言った。

レスリングという場所で一番に慣れない人間にワシの会社が継げるかと言った父の本意が、私にくらいは堅気の世界を全うして欲しいという願いである事が充分すぎるほど分かった。

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posted by shingol at 16:42| 大阪飲食ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月11日

平成プロレスファンへの手紙

もし、貴方がもっと想像力を養いたかったら、説明の無いプロレスを選んでください。
大技も歓声も無いプロレスの中に、自分也の想像をしてください。

もし貴方がこれでもかと大技を繰り広げた後の満足いく結末しか納得出来なければ、どうか呆気なく終わる結末に余韻を楽しむ事を覚えてください。

プロレスラーは貴方の奴隷ではありません。
貴方の受け身的な感性を満たすだけに大技を連発し貴方を満足させる訳ではありません。
プロレスラーは、我々に確かな物をほんの少ししか見せてくれない人たちです。
なのに、何故、貴方たちは、プロレスラーに100点を求めるのでしょう?

会場が興奮で一体化する事がベストなのでしょうか?
ミスの無い上手いプロレスこそベストでしょうか?
アクロバットショーや、公開我慢比べや、身体の痛めつけ合いショーが全てでしょうか?

田尻というプロレスラーが、今のプロレスは奇形だといいました。
しかし、そういう田尻も奇形です。

プロレスに起承転結等ありません。
プロレスにサイコロジーもありません。
プロレスは演劇ではないのです。

プロレスは、格闘技を商業ベースに載せる為に止むなく生まれた、リアルとフェイクの複合されたショーです。

演劇でも、エンターティメントでもありません。

強い者たちが、手探りで、リアルとフェイクそれぞれの美しい技術の攻防を、交互に奏でる他に比類無きジャンルです。

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posted by shingol at 12:45| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする