もし大阪人で無い人がいれば、ミナミという巨大な平面世界の街を案内したいなと思った。
無機的なのに有機的、有機的なのに無機的な一つ一つのブロック街の集合体がミナミと言う街でもある。
大阪府立体育館で自分の試合がある時に見つめるこの街の風景は、いつもとは異なった。
人にとっては、非日常の歓楽街であるのに、私にとっては日常が歓楽であったので、非日常の最たる試合当日の風景は何とも味気なく刹那い街に思えた。
しかし、試合後のミナミは私にとって日常の歓楽街に後戻りする。
情けないのは直近の試合で口の中を切った仲間が「何も食べられないです」と言いながら、カドヤのホルモンに辛いタレを付けて美味しそうに食べていた事であった。
10年前、父が死んだ事を中華料理屋の店主Sさんに伝えに行った。
名刺に大きくSと中国名を書きながら、()書きしてS本とも書いていた不思議な中国人でもあった。
実は父は誰よりも中国人を嫌っていたのだが、最後、中国人の女と一緒になってしまった。
最近、流行の中国人の道徳観、倫理観の無さ等、父はとっくに気付いていた。
父曰く、中国に道徳の概念が無いのは社会主義国だからということであった。
文化大革命以後、儒教の概念は中国では滅んだらしかった。
社会主義国に道徳が存在したら困る。
だからこそ何世代も前から日本に住んでいる中国の人にこそ儒教の考えが真空パックされているらしいのだ。
社会主義に自由競争を持ち込んだところで商道徳は存在しない。
そういえば「商」と言う字は女のあそこから来た字やぞと教えてもらった。
世界最古の商売にはきっちりとした道徳があったのだろうか?
店の奥で何やらトラブルに対処しながら、この世の人間とは思えない恐ろしい形相をしていたSさんは実は中国マフィアの良い位置の人であったが、Sさんは私には優しかった。
資本主義でも、社会主義でも、どれでもよいが、優しい人は優しいのだ。
Sさんの店の近くに韓国の喫茶店が有った。
私はそこで韓国の甘いスイーツ類を楽しんだ。
どこかのコンビニで「韓国スイーツ」と題して韓国の甘味を商品化したのは、もう10数年後であった。
そこで韓国のカンペ(ヤクザ)と知り合った。
これまた、この世のものとは思えないほどの恐ろしい柄のスーツを着ていたカンペのお兄さんの風体は、私には吉本新喜劇のキャストにしか思えなかったが、私には優しく、店を出て、焼き肉を御馳走してくれた。
御堂筋の東側の少々きつい世界が嫌になったので、御堂筋の西でばかり遊ぶようになった。
アメリカ村は私の学生時代と異なって、子供の多い街になってしまっていたので、立花通りや堀江で遊んだ。
個性的で波動感溢れる個人のデザイナーが小さな店を出していたので、そこの店に通いつめた。
影響されて、デザインの教室にも通ったが、あまりにも場違いの雰囲気にいたたまれなくなって、すぐ辞めた。
一時、小箱のクラブにはまった。
雑居ビルの中の小さなバーで、遊び友達を増やした。
週に一回店に顔を出すと、「あんまりこえへんな」と言う飲み友達に驚いてしまった。
ヤクザやデザイナーの端くれにもなれず、呑んだくれにもなれず、ミナミの街で過ごして来た。
私は結局はレスラーでしかないと分かった。
あるいはプロレスファンでしかないとも思った。
読者の方から、ミナミに有るプロレス好きの店主のいるバーを教えてもらった。
今月、いけるかどうか分からないが、早く、誕生日までに行きたいなと思った。
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