ならず者の父は、中学中退であった。
学歴が無いので、誰よりも、学識にこだわった。
父曰く、活字を追いかける人間は、テレビを観る人間とは異なる顔つきを作り出す。
なので、勉強等しなくて良いけれど本を読める人間になれと、さんざん言われ、私は育った。
色気がつき、グラビア雑誌を隠しておけば、これ以上無い怒りであった。
写真を眺め自慰に励む時間があれば、団鬼六でも読めと渡された文庫本の内容は、小学生の私には到底、理解など出来なかった。
私の長屋のおじさんたちが次々と消えた。
無学のならず者が、腕っ節だけを承認欲求の材料と出来ていた長屋から消えたのだ。
多くのおじさんたちは、無学故に、政治も、思想も、社会も、知らない、学識とは無縁の漢たちであった。
朝日新聞を読めば、自分の郷土とは、全く違う北の土地にも、理想の楽園が在ると信じ、無知故の情報の犠牲となってしまった。
以後、私の父は、無学を克服する為の、知識に、異常にこだわったらしい。
本当は李白と論語以外いらない父であったが、ひたすら政治・経済・社会学の本を乱読し続けた。
この世を支配するのは情報である。
そんな世から自分を守るのは知識である。
情報に対して批判的精神を保とうとする父であったが、それでも、テレビに映るプロレスや歌謡ショーを眺めながら、あるいは場末の酔客の群れの中で、飲む酒に、束の間の安らぎを求めた。
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