もし、貴方がもっと想像力を養いたかったら、説明の無いプロレスを選んでください。
大技も歓声も無いプロレスの中に、自分也の想像をしてください。
もし貴方がこれでもかと大技を繰り広げた後の満足いく結末しか納得出来なければ、どうか呆気なく終わる結末に余韻を楽しむ事を覚えてください。
プロレスラーは貴方の奴隷ではありません。
貴方の受け身的な感性を満たすだけに大技を連発し貴方を満足させる訳ではありません。
プロレスラーは、我々に確かな物をほんの少ししか見せてくれない人たちです。
なのに、何故、貴方たちは、プロレスラーに100点を求めるのでしょう?
会場が興奮で一体化する事がベストなのでしょうか?
ミスの無い上手いプロレスこそベストでしょうか?
アクロバットショーや、公開我慢比べや、身体の痛めつけ合いショーが全てでしょうか?
田尻というプロレスラーが、今のプロレスは奇形だといいました。
しかし、そういう田尻も奇形です。
プロレスに起承転結等ありません。
プロレスにサイコロジーもありません。
プロレスは演劇ではないのです。
プロレスは、格闘技を商業ベースに載せる為に止むなく生まれた、リアルとフェイクの複合されたショーです。
演劇でも、エンターティメントでもありません。
強い者たちが、手探りで、リアルとフェイクそれぞれの美しい技術の攻防を、交互に奏でる他に比類無きジャンルです。
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2008年02月11日
2007年07月21日
私的・前田日明の影
私が絶対的な孤独感に包まれたとき、それでも私は絶望感に包まれる事は無い。
何故なら私には前田日明がいるからである。
人間の琴線があるなら、私は前田と同じ事で悩み、怒って来た。
前田がキレる理由から前田が逃げる理由、強い前田から女々しい前田まで私には
自分の事のように理解出来る。
私は前田日明と同じ血を持つ。
今の時代、広い世界の東アジアの一地域の小さな国である韓国と日本とで血の違い、民族の違い等論じて来たところで何になるのかというのが私の考えで有る。
それでも私が前田と同じ血を確信したのは、前田が李王朝を守る近衛兵の出自であると公にした事であった。
私の家系は全州李氏であるからである。
私の血を守ってくれた先祖代々の前田の武班の家系が、今も私を守ってくれている。
直接、前田が私に語りかけてくれる事等無く、求めている言葉を吐いてくれる事も無い。
しかし、苦しいとき、孤独なとき、私より数年長い人生の中で、同じ事に怒り、泣き、孤独を感じて来た前田の言葉を知るにつれ、私は前田の中に有る自分と同じものを見て共感という同類項を確信出来た。
それが前田と私と父の「月下独酌」の世界観である。
血だけではなかった。
前田と同じような生育歴と家庭環境を持つ私は常に自分が何者であるかを考え続けた。
その中で必死に属性を求め続けて来ても、私たちには何処にも属する場等無いのだ。
多くの在日のように在日コミュニティに属しているわけでも無い。
まして韓国に行けば日本にいる時以上に孤独を感じる。
しかし、ふと感じる時が有る。
前田も私も心の救いに応えてくれるものが、かつて日本にあった儒教と禅宗を両軸とした昔の日本の武士道精神で有る。
軍国主義の国策の為に利用した武士道、右翼の為の武士道でなく、
公の為に生きる意味と平和を求める為の武士道である。
その世界に前田も私も傾倒した。
そこに行く着く過程等、少なくとも単純に同じ在日だから秋山を擁護するというような
考えだと思っている人間には理解出来るわけはないだろう。
在日コミニュティの群れ具合に失望し、韓国にも失望した。
その果てに同じ職場で、ふと同じ血を持つ同じ帰化人と出会った。
孤独であるからこそ、秋山の存在に自分と同じ影を求めてしまう。
その影を守る事が自分の孤独の影を守る事に成る。
そう信じたところで、秋山に前田と同じ影等無いのにである。
孤独を背負った前田の情を利用する秋山を私は絶対に許せない。
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プロレス昭和異人堂?
何故なら私には前田日明がいるからである。
人間の琴線があるなら、私は前田と同じ事で悩み、怒って来た。
前田がキレる理由から前田が逃げる理由、強い前田から女々しい前田まで私には
自分の事のように理解出来る。
私は前田日明と同じ血を持つ。
今の時代、広い世界の東アジアの一地域の小さな国である韓国と日本とで血の違い、民族の違い等論じて来たところで何になるのかというのが私の考えで有る。
それでも私が前田と同じ血を確信したのは、前田が李王朝を守る近衛兵の出自であると公にした事であった。
私の家系は全州李氏であるからである。
私の血を守ってくれた先祖代々の前田の武班の家系が、今も私を守ってくれている。
直接、前田が私に語りかけてくれる事等無く、求めている言葉を吐いてくれる事も無い。
しかし、苦しいとき、孤独なとき、私より数年長い人生の中で、同じ事に怒り、泣き、孤独を感じて来た前田の言葉を知るにつれ、私は前田の中に有る自分と同じものを見て共感という同類項を確信出来た。
それが前田と私と父の「月下独酌」の世界観である。
血だけではなかった。
前田と同じような生育歴と家庭環境を持つ私は常に自分が何者であるかを考え続けた。
その中で必死に属性を求め続けて来ても、私たちには何処にも属する場等無いのだ。
多くの在日のように在日コミュニティに属しているわけでも無い。
まして韓国に行けば日本にいる時以上に孤独を感じる。
しかし、ふと感じる時が有る。
前田も私も心の救いに応えてくれるものが、かつて日本にあった儒教と禅宗を両軸とした昔の日本の武士道精神で有る。
軍国主義の国策の為に利用した武士道、右翼の為の武士道でなく、
公の為に生きる意味と平和を求める為の武士道である。
その世界に前田も私も傾倒した。
そこに行く着く過程等、少なくとも単純に同じ在日だから秋山を擁護するというような
考えだと思っている人間には理解出来るわけはないだろう。
在日コミニュティの群れ具合に失望し、韓国にも失望した。
その果てに同じ職場で、ふと同じ血を持つ同じ帰化人と出会った。
孤独であるからこそ、秋山の存在に自分と同じ影を求めてしまう。
その影を守る事が自分の孤独の影を守る事に成る。
そう信じたところで、秋山に前田と同じ影等無いのにである。
孤独を背負った前田の情を利用する秋山を私は絶対に許せない。
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プロレス昭和異人堂?
2007年06月18日
マイク・ジョージ
新日本が国際軍団や維新軍団との闘いで日本人抗争に没頭していた時、保守派のプロレスファンであった私は外国人選手がメーンに出なくなった新日本の風景に嘆きつつあった。
そんな時、新春黄金シリーズにマイク・ジョージが来日した。
国際プロレスでいかにもアメリカの本格派ぶりを発揮し、米マットでも中西部でトップクラスであった選手の来日に期待したが、新日本では本格派振りを発揮する事無く、ラッシャー木村のパートナーとして刹那的なラフ・ファイトを繰り広げるだけに止まった。
もっとも新日本が外国人路線を継続していたところで新日本にとっては米マットの本格派職人の本領を発揮させるカラーなど無かったであろう。
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そんな時、新春黄金シリーズにマイク・ジョージが来日した。
国際プロレスでいかにもアメリカの本格派ぶりを発揮し、米マットでも中西部でトップクラスであった選手の来日に期待したが、新日本では本格派振りを発揮する事無く、ラッシャー木村のパートナーとして刹那的なラフ・ファイトを繰り広げるだけに止まった。
もっとも新日本が外国人路線を継続していたところで新日本にとっては米マットの本格派職人の本領を発揮させるカラーなど無かったであろう。
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2007年06月17日
混沌と調和・新日本と全日本の違い
私が小学校6年だったか、全日本プロレスの年末のドル箱シリーズ「最強タッグ」に対抗し新日本プロレスが「MSGタッグリーグ」を開催した。
ハンセン、アンドレ、ホーガンからシン、パワーズ、ローデス果ては国際プロレスのトップ外人オックス・ベイカーまで動員した新日本らしからぬ豪華外人揃うシリーズであつたが、それぞれシリーズの目玉となる外国人選手たちが宝の持ち腐れの如く混沌とした調和の無いシリーズに、新日本の団体としての性格を見た感じであった。
あれだけ豪華外国人を一つのシリーズに集めながら見事な調和の世界観を醸し出す全日本プロレスの風景とは正反対であつた。
馬場派か猪木派どちらかに別れた昭和プロレス界であったが、全日本の調和の世界と、新日本の混沌とした世界いずれも楽しんでいたファンは多かったのではなかろうか。
逆に全日本が混沌を、新日本が調和を求め醸し出した時プロレスは混乱したのだと今は思う。
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関連記事「プロレスのハレとケ」
ハンセン、アンドレ、ホーガンからシン、パワーズ、ローデス果ては国際プロレスのトップ外人オックス・ベイカーまで動員した新日本らしからぬ豪華外人揃うシリーズであつたが、それぞれシリーズの目玉となる外国人選手たちが宝の持ち腐れの如く混沌とした調和の無いシリーズに、新日本の団体としての性格を見た感じであった。
あれだけ豪華外国人を一つのシリーズに集めながら見事な調和の世界観を醸し出す全日本プロレスの風景とは正反対であつた。
馬場派か猪木派どちらかに別れた昭和プロレス界であったが、全日本の調和の世界と、新日本の混沌とした世界いずれも楽しんでいたファンは多かったのではなかろうか。
逆に全日本が混沌を、新日本が調和を求め醸し出した時プロレスは混乱したのだと今は思う。
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ビリーグラハムとロード・ウォリアーズ
私は小学校から中学校に掛けて雑誌の掲載記事を見て海外マットに憧れた。
中学になると、テレビで「世界のプロレス」が始まった。
初めて見るアメリカのプロレスの動く画像を見つめた。
ロード・ウォリアーズ、ニキタ・コロフなど筋肉隆々の選手たちが米マットを席巻し出した時期でもあった。
「世界のプロレス」の放映前の世代の筋肉男の代表と言えば「スーパースター・ビリー・グラハム」である。
サイケなタイツのコスチュームと筋肉をまとった身体から、驚く程遅いマットワークと鈍い動作のパンチを繰り出す
グラハムであったが、小学生の私にとっては特別に格好悪い存在ではなかった。
そういえば意外と米マット界でビリー・グラハムに憧れて育った世代は多い。
そういうグラハムを見てきた後に出現したロード・ウォリアーズのダイナミズムとスピード感に私は驚いたが、目まぐるしく動く大型の筋肉男たちの出現に、徐々に全米侵攻を睨み始めた当時のWWFによるテリトリー制衰退、テレビによる海外マット放送によるまだ見ぬ強豪の消失と相まって、中学生の私にとっての牧歌的で平和なアメリカマット界が崩れ去って行くような嫌な予感を覚えた。
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中学になると、テレビで「世界のプロレス」が始まった。
初めて見るアメリカのプロレスの動く画像を見つめた。
ロード・ウォリアーズ、ニキタ・コロフなど筋肉隆々の選手たちが米マットを席巻し出した時期でもあった。
「世界のプロレス」の放映前の世代の筋肉男の代表と言えば「スーパースター・ビリー・グラハム」である。
サイケなタイツのコスチュームと筋肉をまとった身体から、驚く程遅いマットワークと鈍い動作のパンチを繰り出す
グラハムであったが、小学生の私にとっては特別に格好悪い存在ではなかった。
そういえば意外と米マット界でビリー・グラハムに憧れて育った世代は多い。
そういうグラハムを見てきた後に出現したロード・ウォリアーズのダイナミズムとスピード感に私は驚いたが、目まぐるしく動く大型の筋肉男たちの出現に、徐々に全米侵攻を睨み始めた当時のWWFによるテリトリー制衰退、テレビによる海外マット放送によるまだ見ぬ強豪の消失と相まって、中学生の私にとっての牧歌的で平和なアメリカマット界が崩れ去って行くような嫌な予感を覚えた。
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