私にとっては、アントニオ猪木が演じ続けてくれたフィクションの世界と、駅のホームで携帯電話を耳に当てながら、深い礼を行なう営業マンは同じ世界である。
形こそ気持ちを呼び、動詞の感情を他者に与えるものだと思っているからだ。
携帯の向こう側に頭を下げるサラリーマンが、少なくとも、鼻をほじりながら、足を組み、上の空で、相手に調子の良い事をいっているわけでは無い。
愛情に盲目的な人間なパターンはいつの世も同じである。
心の中の本心だけを絶対化し、求め続けるのだ。
結果、人の心の中の絶対的な真実の気持ちだけを求め、真実とは程遠い部分への、失望が、孤独を呼び、愛の失望を感じさせるものだ。
しかし所詮、人の真実等、絶対的な利己主義の原則に基づいているものである。
そういう人の真実だけを追い求め続けるのが、今の世の愛の形だ。
しかし、人間には、群れをなす、ほ乳類としての絶対的な分配欲求が在る。
その分配欲求に基づいて、全てのほ乳類は他者を必至に舐め、動詞の愛を表現しようとする。
絶対的な無償の愛等、自分の分身の子供たちにしか有り得ないのに、人は皆、他者に親のような絶対的な真実の愛を求める。
人の世界で、分配欲求は他者への愛情表現、すなわち動詞の愛に昇華したのに、いまだ親の愛を他者に求める悲しい人たちがいる。
人間等基本的に乳離れした時から、孤独な存在である。
孤独だから、他者を必要とし、必要とした他者に、動詞の愛を伝えようとする。
遥か昔は、自分の餌を他者に与えていた分配欲求という愛の源が、何故、いつごろから、他者からの絶対的な愛を求めるようになったかは私は分からない。
自分の感情が常に優先し、他者からの愛ばかり求める人たちに、アントニオ猪木がフィクションとして動詞としての勇気・愛・英雄像を伝えてくれた姿の理解等出来はしないであろう。
私の父が私に読めと勧めてくれた李白の詩の世界を偶然、前田日明が好きだった事は驚いた。
他者との絶対的な距離感と孤独の中で、月を綺麗と思える共通点だけで、他者との中に刹那的な共感を見つけ、そして孤独からの解放を夢見た、私の父と前田の似た想いであると私は思った。
だからこそ人には優しくすべきだ。
貴方より肩身の狭い人がいるのなら、常に声をかけてあげるべきだ。
元気にしてるか?
どうや調子は?
肝心なのは、自分より強い思えると人間に対してである。
どうですか?調子は?
常に言ってあげてください。
そういう人は常に実は貴方より弱く、重い負荷のかかった人たちである。
自分が強い人間であれ、弱い人間であれ、人の熱量のこもった優しさに気持ちを動かされない人間はいない。
それが真実の気持ちであれ、どうであれ、それがほ乳類の分配欲求から昇華した絶対的な他者への愛の姿なのであるから。
愛とは隠した心の中にあるものでは無い。
私はアントニオ猪木が身を削って私に与えてくれた動詞の愛を持って、人に優しいと言ってもらえる人間になれた。
それはアントニオ猪木がフィクションであれ、どうであれ、完全な動詞の愛の世界を私に見せつけてくれたからだ。
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2008年02月21日
無学の意地
ならず者の父は、中学中退であった。
学歴が無いので、誰よりも、学識にこだわった。
父曰く、活字を追いかける人間は、テレビを観る人間とは異なる顔つきを作り出す。
なので、勉強等しなくて良いけれど本を読める人間になれと、さんざん言われ、私は育った。
色気がつき、グラビア雑誌を隠しておけば、これ以上無い怒りであった。
写真を眺め自慰に励む時間があれば、団鬼六でも読めと渡された文庫本の内容は、小学生の私には到底、理解など出来なかった。
私の長屋のおじさんたちが次々と消えた。
無学のならず者が、腕っ節だけを承認欲求の材料と出来ていた長屋から消えたのだ。
多くのおじさんたちは、無学故に、政治も、思想も、社会も、知らない、学識とは無縁の漢たちであった。
朝日新聞を読めば、自分の郷土とは、全く違う北の土地にも、理想の楽園が在ると信じ、無知故の情報の犠牲となってしまった。
以後、私の父は、無学を克服する為の、知識に、異常にこだわったらしい。
本当は李白と論語以外いらない父であったが、ひたすら政治・経済・社会学の本を乱読し続けた。
この世を支配するのは情報である。
そんな世から自分を守るのは知識である。
情報に対して批判的精神を保とうとする父であったが、それでも、テレビに映るプロレスや歌謡ショーを眺めながら、あるいは場末の酔客の群れの中で、飲む酒に、束の間の安らぎを求めた。
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学歴が無いので、誰よりも、学識にこだわった。
父曰く、活字を追いかける人間は、テレビを観る人間とは異なる顔つきを作り出す。
なので、勉強等しなくて良いけれど本を読める人間になれと、さんざん言われ、私は育った。
色気がつき、グラビア雑誌を隠しておけば、これ以上無い怒りであった。
写真を眺め自慰に励む時間があれば、団鬼六でも読めと渡された文庫本の内容は、小学生の私には到底、理解など出来なかった。
私の長屋のおじさんたちが次々と消えた。
無学のならず者が、腕っ節だけを承認欲求の材料と出来ていた長屋から消えたのだ。
多くのおじさんたちは、無学故に、政治も、思想も、社会も、知らない、学識とは無縁の漢たちであった。
朝日新聞を読めば、自分の郷土とは、全く違う北の土地にも、理想の楽園が在ると信じ、無知故の情報の犠牲となってしまった。
以後、私の父は、無学を克服する為の、知識に、異常にこだわったらしい。
本当は李白と論語以外いらない父であったが、ひたすら政治・経済・社会学の本を乱読し続けた。
この世を支配するのは情報である。
そんな世から自分を守るのは知識である。
情報に対して批判的精神を保とうとする父であったが、それでも、テレビに映るプロレスや歌謡ショーを眺めながら、あるいは場末の酔客の群れの中で、飲む酒に、束の間の安らぎを求めた。
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2008年02月10日
貴方の中の揺らぐ事の無い確かな世界
もし仕事の事でどうしようもない不条理に、頭の中が、闘争か、逃走か、二つの内のどちらかの選択を求めていたら、高い場所から街を見下ろしてください。
無数のビルの群れの中の窓の灯りの中のたった一つの世界に、貴方の、闘争も、逃走も、どちらも選択する必要は無く、ただ、一つ、どうでも良い世界と思ってくれれば良いのです。
貴方の本当の生きる目的以外の場所に闘争も逃走も無いのです。
ただ中庸として仕事の中で何も考えず、結果も考えず、時間内のベストを尽くせば良い事でしょう。
もし貴方の住む街に高い場所や、ビルが無いのなら、揺らぐ事の無い貴方だけの世界を頭に描いてください。
一つ一つ自分の好きな小説、歌、映画、友人、あるいはプロレスラーの姿を頭に描いてください。
それが貴方の世界です。
決して揺らぐ事の無い貴方の世界以外の不条理の中で、孤独感や怒りや、逃亡を、考える事等無いのです。
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無数のビルの群れの中の窓の灯りの中のたった一つの世界に、貴方の、闘争も、逃走も、どちらも選択する必要は無く、ただ、一つ、どうでも良い世界と思ってくれれば良いのです。
貴方の本当の生きる目的以外の場所に闘争も逃走も無いのです。
ただ中庸として仕事の中で何も考えず、結果も考えず、時間内のベストを尽くせば良い事でしょう。
もし貴方の住む街に高い場所や、ビルが無いのなら、揺らぐ事の無い貴方だけの世界を頭に描いてください。
一つ一つ自分の好きな小説、歌、映画、友人、あるいはプロレスラーの姿を頭に描いてください。
それが貴方の世界です。
決して揺らぐ事の無い貴方の世界以外の不条理の中で、孤独感や怒りや、逃亡を、考える事等無いのです。
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2008年02月01日
格闘技の勧め
私が格闘技を実際にやってみる事を勧めるのは、強くなってほしいからではない。
弱くなってほしいからだ。
自分の脳内のペンフィールドの小人にではなく、赤の他人に自分をいいようにコントロールされたら良い。
押さえ込まれて身動き出来ない自分を感じたら良い。
それでも攻めていかなければ罵詈雑言を浴びせられる環境の中に身を置けば良い。
そうなれば人に、もっと、もっと、優しく出来るだろう。
闘わずして、闘いの恐怖を知らない人間が憧れるのは、暴力でしかない。
闘えば良い。
闘って弱くなれば良い。
そうすればイキる事より、人に優しい言葉をかける事のほうが数倍も素晴らしい事を知るだろう。
とことん弱い自分を確認すれば良い。
それでも闘った貴方は、誰よりも男らしい人間なのだから。
ブルーザー・ブロディの想い出/対ベイダー戦動画
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弱くなってほしいからだ。
自分の脳内のペンフィールドの小人にではなく、赤の他人に自分をいいようにコントロールされたら良い。
押さえ込まれて身動き出来ない自分を感じたら良い。
それでも攻めていかなければ罵詈雑言を浴びせられる環境の中に身を置けば良い。
そうなれば人に、もっと、もっと、優しく出来るだろう。
闘わずして、闘いの恐怖を知らない人間が憧れるのは、暴力でしかない。
闘えば良い。
闘って弱くなれば良い。
そうすればイキる事より、人に優しい言葉をかける事のほうが数倍も素晴らしい事を知るだろう。
とことん弱い自分を確認すれば良い。
それでも闘った貴方は、誰よりも男らしい人間なのだから。
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2008年01月21日
暴力の国・怖い物を知らない国
民主化前の韓国はカンペ(ヤクザ)の力など大した事は無かった。
国家の中で圧倒的に一番怖い存在は軍隊でしかなかった。
しかし民主化を果たした韓国に怖い物は無くなりつつある。
結果、カンペが勢いを取り戻しつつある。
誤解を承知の上で記すが、軍隊の顔色を伺って治安が良い国よりは、適度にヤクザが我が物顔をして歩く国の方が健全である。
かつては日本も、歓楽街を我が物顔で歩くヤクザに出会えたものだ。
しかし、暴対法以後、ヤクザは地に潜ってしまった。
もはや日本の国民に怖い物等何も無いであろう。
一昔前なら袋叩きに合うような言葉の汚さでも通じる国である。
私が驚いたのは、アメリカ人の友人が嘆いた言葉の数々だ。
日本ほど女性が騒々しい国は無い。
病院の待合室で座っていて看護婦に目の前を横切られた時は驚いた。
あれは振る舞いの暴力だと。
私も思う事がある。
ヘタレの大阪人の女たちの一億総「大阪のおばちゃん」化だ。
汚い言葉で、強気がモットーであろうが、しかし、少なくとも私の育った長屋で見かけたようなヤクザと渡り合うおばちゃん等今はいないであろう。
そういえば私の生まれた街は、規律の守られた街であったので、犯罪等ほとんど無かった。
怖い物だらけであるから逆に治安が良いのである。
私もヤクザは嫌いだ。
しかし、もっと嫌いなのは、ヤクザの度胸も無いのに、怖い物を知らない国民である。
この国を駄目にしているのは怖い物が無い事である。
怖い物がない事は本当ならば、ものすごく平和的で民主的で自由を謳歌出来る国を作れるチャンスである。
しかし、この国の人間たちは怖いものがいない事を良い事に、皆、暴力に憧れるのだ。
本当の暴力等知らないくせに。
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国家の中で圧倒的に一番怖い存在は軍隊でしかなかった。
しかし民主化を果たした韓国に怖い物は無くなりつつある。
結果、カンペが勢いを取り戻しつつある。
誤解を承知の上で記すが、軍隊の顔色を伺って治安が良い国よりは、適度にヤクザが我が物顔をして歩く国の方が健全である。
かつては日本も、歓楽街を我が物顔で歩くヤクザに出会えたものだ。
しかし、暴対法以後、ヤクザは地に潜ってしまった。
もはや日本の国民に怖い物等何も無いであろう。
一昔前なら袋叩きに合うような言葉の汚さでも通じる国である。
私が驚いたのは、アメリカ人の友人が嘆いた言葉の数々だ。
日本ほど女性が騒々しい国は無い。
病院の待合室で座っていて看護婦に目の前を横切られた時は驚いた。
あれは振る舞いの暴力だと。
私も思う事がある。
ヘタレの大阪人の女たちの一億総「大阪のおばちゃん」化だ。
汚い言葉で、強気がモットーであろうが、しかし、少なくとも私の育った長屋で見かけたようなヤクザと渡り合うおばちゃん等今はいないであろう。
そういえば私の生まれた街は、規律の守られた街であったので、犯罪等ほとんど無かった。
怖い物だらけであるから逆に治安が良いのである。
私もヤクザは嫌いだ。
しかし、もっと嫌いなのは、ヤクザの度胸も無いのに、怖い物を知らない国民である。
この国を駄目にしているのは怖い物が無い事である。
怖い物がない事は本当ならば、ものすごく平和的で民主的で自由を謳歌出来る国を作れるチャンスである。
しかし、この国の人間たちは怖いものがいない事を良い事に、皆、暴力に憧れるのだ。
本当の暴力等知らないくせに。
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2007年12月22日
孤独の中のプロレスラー
私はいつも思っている事が有る。
人に殴られた事の無い人間に人の痛みなど分かるものであろうか?
人に傷つけられた事の無い人間に人の心の痛みなど分かるものであろうか?
孤独になった事の無い人間に孤独な人間の気持ちなど分かるものであろうか?
そういう経験をしてきた人間は、きっと、自分だけでなく、多くの人に優しさを提供しなくては行けない務めを背負っているのである。
そういう意味でプロレスラーも格闘家も多くの優しさを提供しなければいけない人間たちなのである。
経験してきた痛さや苦しみの負荷の量が多ければ多いほど人に優しい人間になれるはずである。
人の優しさには二種類有り、何も経験した事の無い人間の弱気の優しさと、多くの負荷を味わった人間の優しさとがある。
私は多くの負荷を味わうプロレスラーたちの愛によって、苦しいとき、どれだけ救われてきた事であろう。
優しさの形は一つしか無い。
ファンの前に一人一人立って私は貴方の見方ですよと伝えたところで最後まで面倒を見れるのか?
そういう人間は弱気人間に取っての救済者でしかなく、共犯者でしか無いのだ。
人を救う優しさは、優しさを求める人間に距離を置く事でしかない。
アントニオ猪木も、前田日明も、長州力も、そうであった。
きっと自分の「してやっている」自己満足など捨て去り、孤独の中でファンと接しているからであろう。
面と向かって媚を売る事など一度も無かった。
しかし私たちにどれほどの暖かく優しいメッセージを与えてくれただろうか。
暖かいメッセージ性を持つプロレスラーは小橋くらいしか最近はいないであろうが、私的にはもっと冷たい態度で私たちに何かを与えてくれるプロレスラーが懐かしいと思った。
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人に殴られた事の無い人間に人の痛みなど分かるものであろうか?
人に傷つけられた事の無い人間に人の心の痛みなど分かるものであろうか?
孤独になった事の無い人間に孤独な人間の気持ちなど分かるものであろうか?
そういう経験をしてきた人間は、きっと、自分だけでなく、多くの人に優しさを提供しなくては行けない務めを背負っているのである。
そういう意味でプロレスラーも格闘家も多くの優しさを提供しなければいけない人間たちなのである。
経験してきた痛さや苦しみの負荷の量が多ければ多いほど人に優しい人間になれるはずである。
人の優しさには二種類有り、何も経験した事の無い人間の弱気の優しさと、多くの負荷を味わった人間の優しさとがある。
私は多くの負荷を味わうプロレスラーたちの愛によって、苦しいとき、どれだけ救われてきた事であろう。
優しさの形は一つしか無い。
ファンの前に一人一人立って私は貴方の見方ですよと伝えたところで最後まで面倒を見れるのか?
そういう人間は弱気人間に取っての救済者でしかなく、共犯者でしか無いのだ。
人を救う優しさは、優しさを求める人間に距離を置く事でしかない。
アントニオ猪木も、前田日明も、長州力も、そうであった。
きっと自分の「してやっている」自己満足など捨て去り、孤独の中でファンと接しているからであろう。
面と向かって媚を売る事など一度も無かった。
しかし私たちにどれほどの暖かく優しいメッセージを与えてくれただろうか。
暖かいメッセージ性を持つプロレスラーは小橋くらいしか最近はいないであろうが、私的にはもっと冷たい態度で私たちに何かを与えてくれるプロレスラーが懐かしいと思った。
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2007年10月27日
失恋したとき帰る場所
無学の父が幼い私に添い寝して聞かせてくれたおとぎ話は、私の家の何世代前にも遡る物語で有った。
元々は北方ツングース族であった。
女真族と呼ばれた。
弓矢の達人であった。
一族の始祖のお兄さんは虎に殺された。
女真族でありながら朝鮮半島に入り、最大の両班として長く朝鮮半島を支配した。
私も自分の子供が出来たなら、同じようにして自分の血の源流からの物語を語って上げたいと思いながらもうかなりの年月を経てしまった。
自分探しの果てしなき迷走を経て、気付けば、こんな年齢になってしまった。
もう自分が自分の子供と出会える事は無いのかもしれない。
それが多くの人を傷つけ、好き勝手に、自分の人生を生きて来た私にふさわしいみそぎでもある。
昔、大きな失恋をした事が有った。
私が韓国人である事が恋人の母に知れてしまい、突然、電話を取り次いでくれなくなった。
結婚反対どころか、結婚の懇願の為の面会すら拒否された。
恋人の父親は母親程ではなかった。
しかし恋人の父親が「普通の結婚の何倍も苦労する事を覚悟しなさい」と自分の娘に伝えたのを聞いたとき、私は、愛する人を苦労させる人間でしかないのかと、悔し涙を流した。
しかし、私は相手の父親にも、母親にも、負の感情は全くなかった。
立場が逆であれば、自分の大切な娘の嫁ぎ先が出来るだけ同じ価値観を持つ人間であってほしいと思うのは、当たり前の事であるからだ。
家出して来た恋人を、親が心配するやろと帰らした後、缶ビールを何本空けたか忘れてしまった。
しかし最後の一本のあまりのぬるさだけは忘れられなかった。
家出して来た恋人を黙って受け入れる甲斐性もなく、都合良く、アルコールに逃げながら、孤独に浸った。
そんな自分が嫌で、これも都合良く、一刻も早く、レスリングのマットの上に戻りたくなった。
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元々は北方ツングース族であった。
女真族と呼ばれた。
弓矢の達人であった。
一族の始祖のお兄さんは虎に殺された。
女真族でありながら朝鮮半島に入り、最大の両班として長く朝鮮半島を支配した。
私も自分の子供が出来たなら、同じようにして自分の血の源流からの物語を語って上げたいと思いながらもうかなりの年月を経てしまった。
自分探しの果てしなき迷走を経て、気付けば、こんな年齢になってしまった。
もう自分が自分の子供と出会える事は無いのかもしれない。
それが多くの人を傷つけ、好き勝手に、自分の人生を生きて来た私にふさわしいみそぎでもある。
昔、大きな失恋をした事が有った。
私が韓国人である事が恋人の母に知れてしまい、突然、電話を取り次いでくれなくなった。
結婚反対どころか、結婚の懇願の為の面会すら拒否された。
恋人の父親は母親程ではなかった。
しかし恋人の父親が「普通の結婚の何倍も苦労する事を覚悟しなさい」と自分の娘に伝えたのを聞いたとき、私は、愛する人を苦労させる人間でしかないのかと、悔し涙を流した。
しかし、私は相手の父親にも、母親にも、負の感情は全くなかった。
立場が逆であれば、自分の大切な娘の嫁ぎ先が出来るだけ同じ価値観を持つ人間であってほしいと思うのは、当たり前の事であるからだ。
家出して来た恋人を、親が心配するやろと帰らした後、缶ビールを何本空けたか忘れてしまった。
しかし最後の一本のあまりのぬるさだけは忘れられなかった。
家出して来た恋人を黙って受け入れる甲斐性もなく、都合良く、アルコールに逃げながら、孤独に浸った。
そんな自分が嫌で、これも都合良く、一刻も早く、レスリングのマットの上に戻りたくなった。
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2007年10月21日
淀川を渡る橋
私が毎朝乗る電車の乗車率はどれくらいであろうか?
座席に座れる事等、休日出勤の時しか有り得ないが、それでも、車内がぎゅうぎゅう詰め
というわけでもない。
何とか毎日、一本の吊り革を確保する事は出来る。
会社に着くまで、大きな川を二つ越える。
私は軽い高所恐怖症でもあるので、川の水面を見つめていると、知らないうちに吊り革を強く握っている事が多い。
地下鉄に入ると、外の風景は何も見えなくなる。
ここ十数年で本当に大阪の地下鉄は増えた。
最近出来た今里筋線等意味があるのかなと思ったが、沿線沿いの人たちには貴重な地下鉄であろうと思った。
そういえば今里筋線が淀川を渡る時は、橋ではなく、トンネルで潜って渡っているのは驚いた。
橋等の高い所が少し苦手な私であるが、アルコールの力を借りて、赤川鉄橋を渡った事も有る。
橋を渡る間数分感生きた心地はしなかったが、ふと、プロレスラーの崔領二が、この橋の名前そのまま技の名前にしているなと考える余裕は有った。
そして橋を渡らずに淀川を渡る事は味気ない事だなと思えた。
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座席に座れる事等、休日出勤の時しか有り得ないが、それでも、車内がぎゅうぎゅう詰め
というわけでもない。
何とか毎日、一本の吊り革を確保する事は出来る。
会社に着くまで、大きな川を二つ越える。
私は軽い高所恐怖症でもあるので、川の水面を見つめていると、知らないうちに吊り革を強く握っている事が多い。
地下鉄に入ると、外の風景は何も見えなくなる。
ここ十数年で本当に大阪の地下鉄は増えた。
最近出来た今里筋線等意味があるのかなと思ったが、沿線沿いの人たちには貴重な地下鉄であろうと思った。
そういえば今里筋線が淀川を渡る時は、橋ではなく、トンネルで潜って渡っているのは驚いた。
橋等の高い所が少し苦手な私であるが、アルコールの力を借りて、赤川鉄橋を渡った事も有る。
橋を渡る間数分感生きた心地はしなかったが、ふと、プロレスラーの崔領二が、この橋の名前そのまま技の名前にしているなと考える余裕は有った。
そして橋を渡らずに淀川を渡る事は味気ない事だなと思えた。
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2007年10月14日
ミナミの街で想った事
もし大阪人で無い人がいれば、ミナミという巨大な平面世界の街を案内したいなと思った。
無機的なのに有機的、有機的なのに無機的な一つ一つのブロック街の集合体がミナミと言う街でもある。
大阪府立体育館で自分の試合がある時に見つめるこの街の風景は、いつもとは異なった。
人にとっては、非日常の歓楽街であるのに、私にとっては日常が歓楽であったので、非日常の最たる試合当日の風景は何とも味気なく刹那い街に思えた。
しかし、試合後のミナミは私にとって日常の歓楽街に後戻りする。
情けないのは直近の試合で口の中を切った仲間が「何も食べられないです」と言いながら、カドヤのホルモンに辛いタレを付けて美味しそうに食べていた事であった。
10年前、父が死んだ事を中華料理屋の店主Sさんに伝えに行った。
名刺に大きくSと中国名を書きながら、()書きしてS本とも書いていた不思議な中国人でもあった。
実は父は誰よりも中国人を嫌っていたのだが、最後、中国人の女と一緒になってしまった。
最近、流行の中国人の道徳観、倫理観の無さ等、父はとっくに気付いていた。
父曰く、中国に道徳の概念が無いのは社会主義国だからということであった。
文化大革命以後、儒教の概念は中国では滅んだらしかった。
社会主義国に道徳が存在したら困る。
だからこそ何世代も前から日本に住んでいる中国の人にこそ儒教の考えが真空パックされているらしいのだ。
社会主義に自由競争を持ち込んだところで商道徳は存在しない。
そういえば「商」と言う字は女のあそこから来た字やぞと教えてもらった。
世界最古の商売にはきっちりとした道徳があったのだろうか?
店の奥で何やらトラブルに対処しながら、この世の人間とは思えない恐ろしい形相をしていたSさんは実は中国マフィアの良い位置の人であったが、Sさんは私には優しかった。
資本主義でも、社会主義でも、どれでもよいが、優しい人は優しいのだ。
Sさんの店の近くに韓国の喫茶店が有った。
私はそこで韓国の甘いスイーツ類を楽しんだ。
どこかのコンビニで「韓国スイーツ」と題して韓国の甘味を商品化したのは、もう10数年後であった。
そこで韓国のカンペ(ヤクザ)と知り合った。
これまた、この世のものとは思えないほどの恐ろしい柄のスーツを着ていたカンペのお兄さんの風体は、私には吉本新喜劇のキャストにしか思えなかったが、私には優しく、店を出て、焼き肉を御馳走してくれた。
御堂筋の東側の少々きつい世界が嫌になったので、御堂筋の西でばかり遊ぶようになった。
アメリカ村は私の学生時代と異なって、子供の多い街になってしまっていたので、立花通りや堀江で遊んだ。
個性的で波動感溢れる個人のデザイナーが小さな店を出していたので、そこの店に通いつめた。
影響されて、デザインの教室にも通ったが、あまりにも場違いの雰囲気にいたたまれなくなって、すぐ辞めた。
一時、小箱のクラブにはまった。
雑居ビルの中の小さなバーで、遊び友達を増やした。
週に一回店に顔を出すと、「あんまりこえへんな」と言う飲み友達に驚いてしまった。
ヤクザやデザイナーの端くれにもなれず、呑んだくれにもなれず、ミナミの街で過ごして来た。
私は結局はレスラーでしかないと分かった。
あるいはプロレスファンでしかないとも思った。
読者の方から、ミナミに有るプロレス好きの店主のいるバーを教えてもらった。
今月、いけるかどうか分からないが、早く、誕生日までに行きたいなと思った。
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無機的なのに有機的、有機的なのに無機的な一つ一つのブロック街の集合体がミナミと言う街でもある。
大阪府立体育館で自分の試合がある時に見つめるこの街の風景は、いつもとは異なった。
人にとっては、非日常の歓楽街であるのに、私にとっては日常が歓楽であったので、非日常の最たる試合当日の風景は何とも味気なく刹那い街に思えた。
しかし、試合後のミナミは私にとって日常の歓楽街に後戻りする。
情けないのは直近の試合で口の中を切った仲間が「何も食べられないです」と言いながら、カドヤのホルモンに辛いタレを付けて美味しそうに食べていた事であった。
10年前、父が死んだ事を中華料理屋の店主Sさんに伝えに行った。
名刺に大きくSと中国名を書きながら、()書きしてS本とも書いていた不思議な中国人でもあった。
実は父は誰よりも中国人を嫌っていたのだが、最後、中国人の女と一緒になってしまった。
最近、流行の中国人の道徳観、倫理観の無さ等、父はとっくに気付いていた。
父曰く、中国に道徳の概念が無いのは社会主義国だからということであった。
文化大革命以後、儒教の概念は中国では滅んだらしかった。
社会主義国に道徳が存在したら困る。
だからこそ何世代も前から日本に住んでいる中国の人にこそ儒教の考えが真空パックされているらしいのだ。
社会主義に自由競争を持ち込んだところで商道徳は存在しない。
そういえば「商」と言う字は女のあそこから来た字やぞと教えてもらった。
世界最古の商売にはきっちりとした道徳があったのだろうか?
店の奥で何やらトラブルに対処しながら、この世の人間とは思えない恐ろしい形相をしていたSさんは実は中国マフィアの良い位置の人であったが、Sさんは私には優しかった。
資本主義でも、社会主義でも、どれでもよいが、優しい人は優しいのだ。
Sさんの店の近くに韓国の喫茶店が有った。
私はそこで韓国の甘いスイーツ類を楽しんだ。
どこかのコンビニで「韓国スイーツ」と題して韓国の甘味を商品化したのは、もう10数年後であった。
そこで韓国のカンペ(ヤクザ)と知り合った。
これまた、この世のものとは思えないほどの恐ろしい柄のスーツを着ていたカンペのお兄さんの風体は、私には吉本新喜劇のキャストにしか思えなかったが、私には優しく、店を出て、焼き肉を御馳走してくれた。
御堂筋の東側の少々きつい世界が嫌になったので、御堂筋の西でばかり遊ぶようになった。
アメリカ村は私の学生時代と異なって、子供の多い街になってしまっていたので、立花通りや堀江で遊んだ。
個性的で波動感溢れる個人のデザイナーが小さな店を出していたので、そこの店に通いつめた。
影響されて、デザインの教室にも通ったが、あまりにも場違いの雰囲気にいたたまれなくなって、すぐ辞めた。
一時、小箱のクラブにはまった。
雑居ビルの中の小さなバーで、遊び友達を増やした。
週に一回店に顔を出すと、「あんまりこえへんな」と言う飲み友達に驚いてしまった。
ヤクザやデザイナーの端くれにもなれず、呑んだくれにもなれず、ミナミの街で過ごして来た。
私は結局はレスラーでしかないと分かった。
あるいはプロレスファンでしかないとも思った。
読者の方から、ミナミに有るプロレス好きの店主のいるバーを教えてもらった。
今月、いけるかどうか分からないが、早く、誕生日までに行きたいなと思った。
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2007年10月06日
ユナイテッド・アローズに憧れて
ユナイテッド・アローズで買い物した時、心地よい幸福感に包まれてしまう。
十数年前、ミナミのビッグ・ステップや、梅田のディアモールに、アローズが出来た時は、週に三回は通った。
アローズ、シップス、ビームス、俗に言うセレクトショップ御三家の洗礼を受けてから、私は少し変わってしまった。
その少し前まで、本当に良い物を探す努力を怠るバブル時代の感性の鈍りがひどかったが、アローズの店内で様々な良品を眺めるたび、再びバブル前の感性が自分に戻って来るような気がした。
アローズで、クラシコ・イタリアやビスポークテーラーの仕立て感の有るスーツを適正価格で買える喜びは何物にも代え難かった。
私がそれらのスーツに夢中になるのは、アントニオ猪木と親父の影響であった。
もう折り返し点を過ぎた人生に、何の欲もないけれど、もう一度スーツが似合う自分を創りたくなって来た。
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別冊・プロレス昭和異人伝
十数年前、ミナミのビッグ・ステップや、梅田のディアモールに、アローズが出来た時は、週に三回は通った。
アローズ、シップス、ビームス、俗に言うセレクトショップ御三家の洗礼を受けてから、私は少し変わってしまった。
その少し前まで、本当に良い物を探す努力を怠るバブル時代の感性の鈍りがひどかったが、アローズの店内で様々な良品を眺めるたび、再びバブル前の感性が自分に戻って来るような気がした。
アローズで、クラシコ・イタリアやビスポークテーラーの仕立て感の有るスーツを適正価格で買える喜びは何物にも代え難かった。
私がそれらのスーツに夢中になるのは、アントニオ猪木と親父の影響であった。
もう折り返し点を過ぎた人生に、何の欲もないけれど、もう一度スーツが似合う自分を創りたくなって来た。
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別冊・プロレス昭和異人伝
月がつなぐ愛/前田日明と月下独酌より
人間は自分たちで考えているより、思いの他タフなものである。
地震の時、火事の時、大きな災難が自分に降り掛かってくる時に、淋しさに包まれ、悶々と悩み苦しむ事等無いであろう。
人間とは大きな災難には毅然として対処出来るものである。
理にかなった対処は出来なくとも、少なくとも、自分の身を守る為に、例え慌てふためいても、その時点でのベストの対処に向かえるものである。
人間とは大きな災難より、小さな針のような些細な悩み事に弱いものである。
そんな悩み事の殆どは実体のない予期不安の場合が多い。
目に見えない予期不安でしかないからこそ、対処の仕様が無いのである。
たまに恋愛事の相談を受ける事が有る。
多くの人が、結局は、分離不安という実体のない淋しさに時間を費やしてしまっている。
人は淋しさという信号を感じられるから、人に優しく出来る。
淋しさは、人と逸れない為の信号でしかない。
淋しさを感じれば人に優しくすればすむ事だ。
けれど、人に媚をうる事ではない。
分離不安と言う実体のない予期不安の悲しみの中で、時間を無駄にするよりも、
他者との間に有る絶対的な違いと孤独を認識していれば良いのだ。
人は絶対的に孤独であり、人は間違っても他者と一体化出来はしない。
自分のものにならない異性や他者を追い掛ければ追い掛ける程孤独は消えはしないであろう。
孤独から解放される事は、他者の心の中に、例え一つでも、同じ価値観を見つけられれば良いのだ。
性格も、生育歴も、何から何まで違っている相手でも、月を美しいと思える気持ちが同じなら、充分ではないか。
愛する人とは何から何まで違う。
けれど月を美しいと思える相手の心の中に、月を美しいと思える自分を投影出来る。
それだけで充分ではないか。
月を通じて、愛する人と心がつながるのだから。
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別冊・プロレス昭和異人伝
地震の時、火事の時、大きな災難が自分に降り掛かってくる時に、淋しさに包まれ、悶々と悩み苦しむ事等無いであろう。
人間とは大きな災難には毅然として対処出来るものである。
理にかなった対処は出来なくとも、少なくとも、自分の身を守る為に、例え慌てふためいても、その時点でのベストの対処に向かえるものである。
人間とは大きな災難より、小さな針のような些細な悩み事に弱いものである。
そんな悩み事の殆どは実体のない予期不安の場合が多い。
目に見えない予期不安でしかないからこそ、対処の仕様が無いのである。
たまに恋愛事の相談を受ける事が有る。
多くの人が、結局は、分離不安という実体のない淋しさに時間を費やしてしまっている。
人は淋しさという信号を感じられるから、人に優しく出来る。
淋しさは、人と逸れない為の信号でしかない。
淋しさを感じれば人に優しくすればすむ事だ。
けれど、人に媚をうる事ではない。
分離不安と言う実体のない予期不安の悲しみの中で、時間を無駄にするよりも、
他者との間に有る絶対的な違いと孤独を認識していれば良いのだ。
人は絶対的に孤独であり、人は間違っても他者と一体化出来はしない。
自分のものにならない異性や他者を追い掛ければ追い掛ける程孤独は消えはしないであろう。
孤独から解放される事は、他者の心の中に、例え一つでも、同じ価値観を見つけられれば良いのだ。
性格も、生育歴も、何から何まで違っている相手でも、月を美しいと思える気持ちが同じなら、充分ではないか。
愛する人とは何から何まで違う。
けれど月を美しいと思える相手の心の中に、月を美しいと思える自分を投影出来る。
それだけで充分ではないか。
月を通じて、愛する人と心がつながるのだから。
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別冊・プロレス昭和異人伝
2007年09月29日
プロレスの役目
私は小学校二年の二学期まるごと、家の事情で学校に行く事は出来なかった。
新しく住む街の学校で使っている教科書を、母が特別に本屋から仕入れてくれた。
その教科書を本来なら学校に行く時間、誰もいない安アパートで一人読みながら時を過ごした。
夕方になると近所の子供たちが帰って来た。
私の自習はその頃終える事が出来た。
三学期の終わりかけに、ようやく学校に通う事が出来た。
学年が変わると、私より後の転校生がやってきた。
その転校生が私の出席番号を追い越して行くと、私の出席番号がいつまでも最後である事がクラスで不思議に思われ出した。
私の通名はKであったが、本名はLであり、かつ、学校へは仮入学扱いであったからだ。
中学生になると、自分が何者なのか知りたくなり、果てしない自分探しの旅に出掛けた。
歴史、哲学、遺伝子、ありとあらゆる本を読みまくった。
何故、自分は生まれて来たのだろう?
どうしてここにいるのだろう?
自分の居場所を求めようとすると、残念ながら、この国には多くの大人たちがワニの口を広げて待ち構えているものだ。
私は近所の右翼団体に出入りするようになった。
私は居心地の良さを感じたものの、自分の考えるこの国の成り立ちからして、考えが合わず、次第に、その場所からは遠のいてしまった。
いつでも私を救ってくれたのはプロレスラーたちであった。
今のプロレス村に、私のような惨めな自意識を持たざるを得なかった子供たちを救ってくれるプロレスラー等いるであろうか?
今でも、多くの、淋しい子供たちが、私をかつて救ってくれたようなプロレスラーの存在を求めている。
プロレスファンだけの狭い世界の中で、一体、何が出来るのだ。
世の中に何がしてあけられるのだ。
今のプロレス村を見ていて、私は思う。
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新しく住む街の学校で使っている教科書を、母が特別に本屋から仕入れてくれた。
その教科書を本来なら学校に行く時間、誰もいない安アパートで一人読みながら時を過ごした。
夕方になると近所の子供たちが帰って来た。
私の自習はその頃終える事が出来た。
三学期の終わりかけに、ようやく学校に通う事が出来た。
学年が変わると、私より後の転校生がやってきた。
その転校生が私の出席番号を追い越して行くと、私の出席番号がいつまでも最後である事がクラスで不思議に思われ出した。
私の通名はKであったが、本名はLであり、かつ、学校へは仮入学扱いであったからだ。
中学生になると、自分が何者なのか知りたくなり、果てしない自分探しの旅に出掛けた。
歴史、哲学、遺伝子、ありとあらゆる本を読みまくった。
何故、自分は生まれて来たのだろう?
どうしてここにいるのだろう?
自分の居場所を求めようとすると、残念ながら、この国には多くの大人たちがワニの口を広げて待ち構えているものだ。
私は近所の右翼団体に出入りするようになった。
私は居心地の良さを感じたものの、自分の考えるこの国の成り立ちからして、考えが合わず、次第に、その場所からは遠のいてしまった。
いつでも私を救ってくれたのはプロレスラーたちであった。
今のプロレス村に、私のような惨めな自意識を持たざるを得なかった子供たちを救ってくれるプロレスラー等いるであろうか?
今でも、多くの、淋しい子供たちが、私をかつて救ってくれたようなプロレスラーの存在を求めている。
プロレスファンだけの狭い世界の中で、一体、何が出来るのだ。
世の中に何がしてあけられるのだ。
今のプロレス村を見ていて、私は思う。
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2007年09月22日
民族って何やろか?
私は成人になる少し前に帰化を果たした。
父は終生、韓国籍のままであった。
従って、成人以後、韓国を訪れる際は、親子で別々の入国の列に並ぶのが常であった。
韓国籍である父は、日本人になった私より遥かに多くの時間を費やして、その列から抜け出して来た。
「おまえも帰化せえへんかったら、辛いぞ」と言って来た父の本意は、日本での韓国籍での辛さよりも、韓国に渡って感じるあまりの仕打ちに対してであったかも知れない。
父は生野の愚連隊に客人として迎えられた時期も有った。
しかし、同じ血をひく仲間の中で、孤独感を覚えたと言う。
済州島の出身者がほとんどのその群れの中で、本土の出身で有る父は、どこかで、
郷土の異なる淋しさを感じたのかもしれない。
同じ東アジアの中で、小さな国籍でどうやこうやいうのはおかしいやろと言っていた
父の頭の中には、ねっから、国籍に対するこだわりなど無かった。
国籍ではなく、自分の郷土と族譜に対するこだわりであった。
自分の郷土を愛せるから、人の郷土も愛せるやろという言葉であった。
韓国に行った時、親戚に挨拶すれば、驚く程のもてなしを受けなければ行けない。
なのに、母国の言葉で、充分に感謝の気持ちを伝えられない。
それが嫌で、父は韓国に行っても、親戚たちには黙ってホテルで過ごす事が多かった。
しかし、滞在するホテルのロビーにいると、そのホテルのスイミングスクールに通う
親戚とバッタリ出くわしてしまった。
早速、夜は手厚いもてなしを受けるハメに成った。
滅多に酒に酔わない底なしの父であるが、その夜はいささか酒量の度が越えた。
その時、父が突然、あまりにも饒舌に流暢な韓国語を話だし、親戚や私を驚かせた。
次の朝、父に、韓国語が喋れる事を確認したところ、父はこういった。
「酒で前頭葉が麻痺したら、いけるんや。前頭葉か大脳新皮質が麻痺したら親の言葉くらい出てくんぞ」
私はならず者で無学の父から「前頭葉」やら「大脳新皮質」やらの言葉が出てくるのは
驚いた。
そういえば父は「学歴なんかいらんから学識でおれ」と私に様々な本を読む事を強制するのが幼い頃からの常であった。
父の残してくれた書物は、団鬼六から脳性理学、李白、東洋哲学、経済と非常に幅広いものであった。
父が亡くなる年、父の最後の女であった中国人と、父の義理の兄で有る北朝鮮籍のおじさんと、私と、父とで、すき焼きを食べたいという話に成った。
しかし、中国人、北朝鮮人、韓国人、帰化した日本人の4人が揃っても、すき焼きの作り方など全く分からなかった。
しばらくして、長屋の端で、沖縄まんじゅうを作っているおばちゃんにすき焼きの作り方を尋ねた。
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父は終生、韓国籍のままであった。
従って、成人以後、韓国を訪れる際は、親子で別々の入国の列に並ぶのが常であった。
韓国籍である父は、日本人になった私より遥かに多くの時間を費やして、その列から抜け出して来た。
「おまえも帰化せえへんかったら、辛いぞ」と言って来た父の本意は、日本での韓国籍での辛さよりも、韓国に渡って感じるあまりの仕打ちに対してであったかも知れない。
父は生野の愚連隊に客人として迎えられた時期も有った。
しかし、同じ血をひく仲間の中で、孤独感を覚えたと言う。
済州島の出身者がほとんどのその群れの中で、本土の出身で有る父は、どこかで、
郷土の異なる淋しさを感じたのかもしれない。
同じ東アジアの中で、小さな国籍でどうやこうやいうのはおかしいやろと言っていた
父の頭の中には、ねっから、国籍に対するこだわりなど無かった。
国籍ではなく、自分の郷土と族譜に対するこだわりであった。
自分の郷土を愛せるから、人の郷土も愛せるやろという言葉であった。
韓国に行った時、親戚に挨拶すれば、驚く程のもてなしを受けなければ行けない。
なのに、母国の言葉で、充分に感謝の気持ちを伝えられない。
それが嫌で、父は韓国に行っても、親戚たちには黙ってホテルで過ごす事が多かった。
しかし、滞在するホテルのロビーにいると、そのホテルのスイミングスクールに通う
親戚とバッタリ出くわしてしまった。
早速、夜は手厚いもてなしを受けるハメに成った。
滅多に酒に酔わない底なしの父であるが、その夜はいささか酒量の度が越えた。
その時、父が突然、あまりにも饒舌に流暢な韓国語を話だし、親戚や私を驚かせた。
次の朝、父に、韓国語が喋れる事を確認したところ、父はこういった。
「酒で前頭葉が麻痺したら、いけるんや。前頭葉か大脳新皮質が麻痺したら親の言葉くらい出てくんぞ」
私はならず者で無学の父から「前頭葉」やら「大脳新皮質」やらの言葉が出てくるのは
驚いた。
そういえば父は「学歴なんかいらんから学識でおれ」と私に様々な本を読む事を強制するのが幼い頃からの常であった。
父の残してくれた書物は、団鬼六から脳性理学、李白、東洋哲学、経済と非常に幅広いものであった。
父が亡くなる年、父の最後の女であった中国人と、父の義理の兄で有る北朝鮮籍のおじさんと、私と、父とで、すき焼きを食べたいという話に成った。
しかし、中国人、北朝鮮人、韓国人、帰化した日本人の4人が揃っても、すき焼きの作り方など全く分からなかった。
しばらくして、長屋の端で、沖縄まんじゅうを作っているおばちゃんにすき焼きの作り方を尋ねた。
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2007年09月17日
朝鮮長屋の日本の憲兵、秋山と子供たち
私が子供のとき、朝鮮長屋に唯一の日本人が住んでいた。
私の親父のいとこであるおばさんの旦那さんであるおじさんであった。
鍵っ子であった私が、小学校に上がる前、空き地で足の裏に大きな釘を刺してしまった。
私は、そのおじさんの家を尋ねた。
おばさんは留守であったが、おじさんは私の足裏に丁寧に治療を施してくれた。
以後、私はおじさんを尋ねて、その家に遊びに行く事が多かった。
おじさんは憲兵の出身であった。
釜山の勤務地で韓国人であったおばさんと出会い結婚し、結婚後、夫婦で満州に転勤となった。
終戦後、二人で中国の森林や山岳を逃げまくった。
見つかれば殺される。夫婦でサバイバルを生き抜いて来た。
ようやく日本行きの船に乗ったものの、船が浸水しかけた。
胸元まで海水に浸りながら、ようやく日本に辿り着き、尼崎の朝鮮長屋に落ちついた。
長屋の中で、おじさんは尊敬される人間であった。
長屋の男たちが、酒に酔って、自分の女房に手を上げる。
逃げて来た女、子供を家にかくまった。
男たちがバツの悪そうな顔で、おじさんの家に、自分の女房、子供を迎えに来る。
おじさんは「男たる者が、女、子供に手を出すとは何事か!」と男たちを一喝した。
朝鮮長屋の群れのなかで育った私の初めて接した日本人の男であった。
昔、時代の流れの中で、日本も、朝鮮も、やむを得ない状況の中、それぞれの最善の方法を模索して来た。
そういう時代の前線で国の為の職務を全うして来たおじさんのような日本人がいる。
そういうおじさんと連れ添った私の親戚のおばさんの韓国人もいる。
私にとってあまりにも凛々しく道徳的なおじさんと接して来た時が「何が、韓国だ」「何が日本だ」と私が思う私の考えの原体験であった。
大人になり、職場の労働組合のリーダーが私に言った。
「おまえたちは本当に差別されて来たんだ。不当な扱いを受けて来たんだ。おまえのおじいさんたちが苦労して来た時代は日本人として恥ずかしい。おまえの経験を生かして、何とかより良く働きやすい職場にしていこう」
私は、一瞬、おじさんの顔が浮かんだ。
「差別された事等一度も無いです。俺が感じたこの国の不条理も、淋しさも、貴方たちには利用されたくない。差別されたなど言ったら俺は終わる」
声を大にして言いたかったが、穏便に組合入りを断るに止まった。
私は左でも右でもない。
私はただ同じ田舎の人を愛するように同胞の人を愛し、同じ街に住む日本人を愛している。
同じ汗をかいたレスラー仲間を愛している。
戦争中、何があったか私は分からない。
けれど、お前たちに何が分かるのだ。
私は今でもそう思う。
戦争と言う不条理に振り回された市井の日本人に、韓国人に、何故、おまえたちが
差別者、被差別者の分別が出来るのだと…。
秋山が子供たちの憧れを一心に纏い、一瞬でも、リングのヒーローに成った。
子供たちのヒーローならヒーローのまま記憶に置かしてあげれば良い。
子供たちの為にも秋山を復活させては成らないと私は思う。
子供たちに見せては成らない大人の世界も有る。
そんな秋山をカムバックして、差別を言い訳に、開き直れという人もいる。
少なくとも私たちは、秋山が行った行為など絶対にしない生き方を、朝鮮長屋の生活の中で、韓国の男たちと、そして日本の男に教えてもらって行きて来た。
私に人生の模範を示してくれた韓国と日本の全ての人たちに感謝している。
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(管理人より)
この記事はスポーツナビで少しもめた件と関連するものでは有りません。
また、違う考えの他のプログ等を否定するものでもありません。
私の秋山復帰に反対する本心とともに記させていただきました。
私の親父のいとこであるおばさんの旦那さんであるおじさんであった。
鍵っ子であった私が、小学校に上がる前、空き地で足の裏に大きな釘を刺してしまった。
私は、そのおじさんの家を尋ねた。
おばさんは留守であったが、おじさんは私の足裏に丁寧に治療を施してくれた。
以後、私はおじさんを尋ねて、その家に遊びに行く事が多かった。
おじさんは憲兵の出身であった。
釜山の勤務地で韓国人であったおばさんと出会い結婚し、結婚後、夫婦で満州に転勤となった。
終戦後、二人で中国の森林や山岳を逃げまくった。
見つかれば殺される。夫婦でサバイバルを生き抜いて来た。
ようやく日本行きの船に乗ったものの、船が浸水しかけた。
胸元まで海水に浸りながら、ようやく日本に辿り着き、尼崎の朝鮮長屋に落ちついた。
長屋の中で、おじさんは尊敬される人間であった。
長屋の男たちが、酒に酔って、自分の女房に手を上げる。
逃げて来た女、子供を家にかくまった。
男たちがバツの悪そうな顔で、おじさんの家に、自分の女房、子供を迎えに来る。
おじさんは「男たる者が、女、子供に手を出すとは何事か!」と男たちを一喝した。
朝鮮長屋の群れのなかで育った私の初めて接した日本人の男であった。
昔、時代の流れの中で、日本も、朝鮮も、やむを得ない状況の中、それぞれの最善の方法を模索して来た。
そういう時代の前線で国の為の職務を全うして来たおじさんのような日本人がいる。
そういうおじさんと連れ添った私の親戚のおばさんの韓国人もいる。
私にとってあまりにも凛々しく道徳的なおじさんと接して来た時が「何が、韓国だ」「何が日本だ」と私が思う私の考えの原体験であった。
大人になり、職場の労働組合のリーダーが私に言った。
「おまえたちは本当に差別されて来たんだ。不当な扱いを受けて来たんだ。おまえのおじいさんたちが苦労して来た時代は日本人として恥ずかしい。おまえの経験を生かして、何とかより良く働きやすい職場にしていこう」
私は、一瞬、おじさんの顔が浮かんだ。
「差別された事等一度も無いです。俺が感じたこの国の不条理も、淋しさも、貴方たちには利用されたくない。差別されたなど言ったら俺は終わる」
声を大にして言いたかったが、穏便に組合入りを断るに止まった。
私は左でも右でもない。
私はただ同じ田舎の人を愛するように同胞の人を愛し、同じ街に住む日本人を愛している。
同じ汗をかいたレスラー仲間を愛している。
戦争中、何があったか私は分からない。
けれど、お前たちに何が分かるのだ。
私は今でもそう思う。
戦争と言う不条理に振り回された市井の日本人に、韓国人に、何故、おまえたちが
差別者、被差別者の分別が出来るのだと…。
秋山が子供たちの憧れを一心に纏い、一瞬でも、リングのヒーローに成った。
子供たちのヒーローならヒーローのまま記憶に置かしてあげれば良い。
子供たちの為にも秋山を復活させては成らないと私は思う。
子供たちに見せては成らない大人の世界も有る。
そんな秋山をカムバックして、差別を言い訳に、開き直れという人もいる。
少なくとも私たちは、秋山が行った行為など絶対にしない生き方を、朝鮮長屋の生活の中で、韓国の男たちと、そして日本の男に教えてもらって行きて来た。
私に人生の模範を示してくれた韓国と日本の全ての人たちに感謝している。
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この記事はスポーツナビで少しもめた件と関連するものでは有りません。
また、違う考えの他のプログ等を否定するものでもありません。
私の秋山復帰に反対する本心とともに記させていただきました。
2007年09月16日
親父の教え
私がレスリング競技に一息ついたとき、私の恩師が「おまえにこれとこれが無かったら、
もうちょっと強なっとったやろな」と言いながら掌を丸め口元に持って行く仕草と、小指を立てる仕草を示した。
私にこれとこれが有っても無くても一流レスラーになれた自信など無いが、それでも、私は誰よりも激しく汗をかいたレスリングと同様、遊びにも精を出して来た。
就職した後、同僚の誘いは最低限に留めた。
半径1メートル以内の人間の世界で終わるなとの父の言葉を守りたかったからだ。
職場の不条理や、派閥や、そんなにものに頭を悩ませず、職場の中をスイスイと自分のペースで泳いで来た。
私に言わせれば職場の中で自己顕示欲を出す人間等馬鹿だ。
自分の承認欲求を職場の中で出すくらいなら、アフターの時間にこそ出せば良い。
職場等所詮、生活の糧を得る為だけの場所だと思った。
私はどんどんレスリングと遊びに、共に精を出し続けた。
一時、恥ずかしい話だが、私と同じ年のミナミのインディーズのデザイナーに憧れ、アトリエ教室に通った。
デザイナーの真剣な世界の中、これ以上無い場違いの恥ずかしさを覚え、早々に退散した。
哲学を習いたくて、大阪の都心のカルチャースクールに通った。
こちらは何とか完遂したが、私にとっては市井の実生活を経験せず考える事に精を出すだけの哲学家の教えは性に合わなかった。
自分の半径の先を広くしたいあまり色々な場所に出向いた。
けれど、その度、私は所詮、レスラーの端くれであり、遊び人の端くれなのだと気付いた。
仕事や遊びで虚しさを感じた後は、レスリングの練習に余計に精を出した。
普段、同じくらいの気持ちの熱量で練習していたら、私はもっと強くなれたと思う。
それでも、いつも、いつも、レスリングのマットは自分の都合良さを受け入れてくれた。
悲しいとき、辛いときになれば、いつもミナミに出掛けた。
ミナミの雑居ビルの小さなバーに飛び込みで入り、遊び仲間を増やした。
遊び仲間は韓国語でノリチングと言った。
しかし、私の最高のノリチングは父であった。
色んな場所に、色んな遊び場に連れて行ってくれた。
色んな遊びを教えてくれた。
ある時、友達以上、恋人未満の相手に、どうやったら距離が近づくか教えたろと言われた。
父の言う通り、大阪都心の百貨店の化粧品売り場で、店員に、濃いい色と薄い色の口紅
を選んでもらった。
対を成す色の二本の口紅とて五千円程度有れば充分なプレゼントである。
父は「化粧品売り場に出向く恥ずかしさなんか大した事無いやろ」と言った。
私は姑息にもその方法で色々な女と仲良くお近づきになれた。
私が人並みに女にもてたのは父の馬鹿な教えに寄る所が大きい。
そんな父であったが、レスリングについての教え等何も持っていなかった。
しかし、ある時言った父の言葉を胸に大切な試合で貴重な勝利を得た事が有る。
「しんどい時、根性とか、気合いとか、そんなんと違って、愛してる人の事考えてみいや」との言葉であった。
私はそう思って今の妻に自分の試合を見続けてもらって来た。
苦しいとき、自分の為にだけを考えても力等出てくるものか。
苦しい時、もうアカンと思ったとき、踏ん張れるのは、人の為にだけだ。
私は今でも、そう思っている。
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もうちょっと強なっとったやろな」と言いながら掌を丸め口元に持って行く仕草と、小指を立てる仕草を示した。
私にこれとこれが有っても無くても一流レスラーになれた自信など無いが、それでも、私は誰よりも激しく汗をかいたレスリングと同様、遊びにも精を出して来た。
就職した後、同僚の誘いは最低限に留めた。
半径1メートル以内の人間の世界で終わるなとの父の言葉を守りたかったからだ。
職場の不条理や、派閥や、そんなにものに頭を悩ませず、職場の中をスイスイと自分のペースで泳いで来た。
私に言わせれば職場の中で自己顕示欲を出す人間等馬鹿だ。
自分の承認欲求を職場の中で出すくらいなら、アフターの時間にこそ出せば良い。
職場等所詮、生活の糧を得る為だけの場所だと思った。
私はどんどんレスリングと遊びに、共に精を出し続けた。
一時、恥ずかしい話だが、私と同じ年のミナミのインディーズのデザイナーに憧れ、アトリエ教室に通った。
デザイナーの真剣な世界の中、これ以上無い場違いの恥ずかしさを覚え、早々に退散した。
哲学を習いたくて、大阪の都心のカルチャースクールに通った。
こちらは何とか完遂したが、私にとっては市井の実生活を経験せず考える事に精を出すだけの哲学家の教えは性に合わなかった。
自分の半径の先を広くしたいあまり色々な場所に出向いた。
けれど、その度、私は所詮、レスラーの端くれであり、遊び人の端くれなのだと気付いた。
仕事や遊びで虚しさを感じた後は、レスリングの練習に余計に精を出した。
普段、同じくらいの気持ちの熱量で練習していたら、私はもっと強くなれたと思う。
それでも、いつも、いつも、レスリングのマットは自分の都合良さを受け入れてくれた。
悲しいとき、辛いときになれば、いつもミナミに出掛けた。
ミナミの雑居ビルの小さなバーに飛び込みで入り、遊び仲間を増やした。
遊び仲間は韓国語でノリチングと言った。
しかし、私の最高のノリチングは父であった。
色んな場所に、色んな遊び場に連れて行ってくれた。
色んな遊びを教えてくれた。
ある時、友達以上、恋人未満の相手に、どうやったら距離が近づくか教えたろと言われた。
父の言う通り、大阪都心の百貨店の化粧品売り場で、店員に、濃いい色と薄い色の口紅
を選んでもらった。
対を成す色の二本の口紅とて五千円程度有れば充分なプレゼントである。
父は「化粧品売り場に出向く恥ずかしさなんか大した事無いやろ」と言った。
私は姑息にもその方法で色々な女と仲良くお近づきになれた。
私が人並みに女にもてたのは父の馬鹿な教えに寄る所が大きい。
そんな父であったが、レスリングについての教え等何も持っていなかった。
しかし、ある時言った父の言葉を胸に大切な試合で貴重な勝利を得た事が有る。
「しんどい時、根性とか、気合いとか、そんなんと違って、愛してる人の事考えてみいや」との言葉であった。
私はそう思って今の妻に自分の試合を見続けてもらって来た。
苦しいとき、自分の為にだけを考えても力等出てくるものか。
苦しい時、もうアカンと思ったとき、踏ん張れるのは、人の為にだけだ。
私は今でも、そう思っている。
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2007年09月15日
立ち飲み屋の向こう側/2
人と仲良くなる為に、酒の力を借りる。
しかし、それは酔いの助けを求めているわけではない。
醒める為に飲んでいるのだ。
人間は醒めたとき、絶対的な孤独を認識出来る。
醒めるからこそ、人との絶対的な距離感を維持出来る。
醒める事によって人を認め、自分も認められる。
心の中の絶対的な孤独の渇きを癒せてくれるのは酔う事ではなく、醒める事である。
人間の孤独を癒してくれるのは他者の中に見つける僅かな共感と言う同類項でしかない。
人間には自分と同じ人間等誰一人といないのだ。
それでも他者の心の中に何か一つでも同じものを美しいと思え、同じものに怒り、同じものに感動する。
それだけで人間の絶対的な孤独等癒されるではないか。
そして、他者の中の自分を見つけられる為には醒める事でしかない。
しかし飲み方を間違えば醒めるのではなく、酔うてしまうだけの酒も有る。
酔えば何かを求めてしまう。
求めてしまえば他者との絶対的な距離感を押し破ろうとする主観と言うエゴが
他者との一体感を求めすぎてしまう。
結果、自分の孤独を余計に感じる事になる。
そんな飲み方をした後は二日酔いがひどい。
二日酔いの後にきついのは罪悪感である。
罪悪感から逃れようと立ち飲み屋で飲み直す。
立ち飲み屋で誰にも気を使わず、安価で高たくばくな肉類をアテに、誰にも邪魔されず、
醒める事が出来る。
カウンターに並ぶ客はサラリーマンであれ、日雇い労働者風であれ、物静かだ。
僅かな立ち飲みの酒に、日々の生活の不条理や孤独や苛立を洗い流している。
孤独を癒しているのだ。
言葉を交わさずとも、そんな立ち飲み屋の雰囲気が私の孤独も癒してくれる。
ある日、立ち飲み屋で静かに酒を飲む私にしつこく喋りかけて来る男がいた。
風情や喋り方で、おそらく、この国で社会的弱者の特権を得ている人である事が
分かった。
飲み屋のマナー等持ち合わせていないものの、丁寧で、かつ、抑揚の無い喋り方で私に自分の身の上を語りかける男を無下には出来ず、話に付き合った。
男がいきなり500円玉を私に渡そうとした。
「これで僕のために生ビールを一杯ごちそうしてくれませんか」
私は気持ち悪くなり、500円玉を受け取らず、男の為に生ビールを頼んだ。
同様に今度は「これでマグロをごちそうしてください」と500円玉を私の掌にねじ込んで来た。
私は「ご自分で頼みはったらいいですやん」と一度は断った。
男は「飲み屋さんで知り合った人におごってもらう事が僕の夢だったのです」と抑揚の無い声で答えた。
結果的に生ビールを二杯、マグロを一皿、飲み屋で意気投合したわけでもない客におごらされた私は、立ち飲み屋でさえ落ちついて飲めないのかと少し腹立たしさを感じた。
立ち飲み屋の店主なら、ああいう客に何か注意出来ないのかとも思った。
しかし店主がその男を無下にしなかった理由も分かる。
どんな人であれ、酒の中に何かを癒そうと、立ち飲み屋のカウンターの中で自分と振り向き合おうとしている事に変わりはないのだ。
その男も黙って独りと振り向き合えば、もっと美味しい酒を味わえただろうに、私という他者を求めすぎたのだ。
その後、しばらくして、同じ店に立ち寄った際、私の注文を聞かずして店主の奥さんが生ビールをカウンターに置いた。
「これは私のおごりや。前、変な人にたかられてたやろ」と店主の奥さんが言った。
どうせならマグロも出してえやと内心は思いながらも、私は店主の奥さんの粋な優しさをアテにその日の酒を味わった。
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しかし、それは酔いの助けを求めているわけではない。
醒める為に飲んでいるのだ。
人間は醒めたとき、絶対的な孤独を認識出来る。
醒めるからこそ、人との絶対的な距離感を維持出来る。
醒める事によって人を認め、自分も認められる。
心の中の絶対的な孤独の渇きを癒せてくれるのは酔う事ではなく、醒める事である。
人間の孤独を癒してくれるのは他者の中に見つける僅かな共感と言う同類項でしかない。
人間には自分と同じ人間等誰一人といないのだ。
それでも他者の心の中に何か一つでも同じものを美しいと思え、同じものに怒り、同じものに感動する。
それだけで人間の絶対的な孤独等癒されるではないか。
そして、他者の中の自分を見つけられる為には醒める事でしかない。
しかし飲み方を間違えば醒めるのではなく、酔うてしまうだけの酒も有る。
酔えば何かを求めてしまう。
求めてしまえば他者との絶対的な距離感を押し破ろうとする主観と言うエゴが
他者との一体感を求めすぎてしまう。
結果、自分の孤独を余計に感じる事になる。
そんな飲み方をした後は二日酔いがひどい。
二日酔いの後にきついのは罪悪感である。
罪悪感から逃れようと立ち飲み屋で飲み直す。
立ち飲み屋で誰にも気を使わず、安価で高たくばくな肉類をアテに、誰にも邪魔されず、
醒める事が出来る。
カウンターに並ぶ客はサラリーマンであれ、日雇い労働者風であれ、物静かだ。
僅かな立ち飲みの酒に、日々の生活の不条理や孤独や苛立を洗い流している。
孤独を癒しているのだ。
言葉を交わさずとも、そんな立ち飲み屋の雰囲気が私の孤独も癒してくれる。
ある日、立ち飲み屋で静かに酒を飲む私にしつこく喋りかけて来る男がいた。
風情や喋り方で、おそらく、この国で社会的弱者の特権を得ている人である事が
分かった。
飲み屋のマナー等持ち合わせていないものの、丁寧で、かつ、抑揚の無い喋り方で私に自分の身の上を語りかける男を無下には出来ず、話に付き合った。
男がいきなり500円玉を私に渡そうとした。
「これで僕のために生ビールを一杯ごちそうしてくれませんか」
私は気持ち悪くなり、500円玉を受け取らず、男の為に生ビールを頼んだ。
同様に今度は「これでマグロをごちそうしてください」と500円玉を私の掌にねじ込んで来た。
私は「ご自分で頼みはったらいいですやん」と一度は断った。
男は「飲み屋さんで知り合った人におごってもらう事が僕の夢だったのです」と抑揚の無い声で答えた。
結果的に生ビールを二杯、マグロを一皿、飲み屋で意気投合したわけでもない客におごらされた私は、立ち飲み屋でさえ落ちついて飲めないのかと少し腹立たしさを感じた。
立ち飲み屋の店主なら、ああいう客に何か注意出来ないのかとも思った。
しかし店主がその男を無下にしなかった理由も分かる。
どんな人であれ、酒の中に何かを癒そうと、立ち飲み屋のカウンターの中で自分と振り向き合おうとしている事に変わりはないのだ。
その男も黙って独りと振り向き合えば、もっと美味しい酒を味わえただろうに、私という他者を求めすぎたのだ。
その後、しばらくして、同じ店に立ち寄った際、私の注文を聞かずして店主の奥さんが生ビールをカウンターに置いた。
「これは私のおごりや。前、変な人にたかられてたやろ」と店主の奥さんが言った。
どうせならマグロも出してえやと内心は思いながらも、私は店主の奥さんの粋な優しさをアテにその日の酒を味わった。
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2007年08月24日
こだわりとこだわりの無い世界
アントニオ猪木が好きだ。前田日明が好きだ。長州力が好きだ。船木誠勝が好きだ。
色気の有るプロレスラーが好きである。
純文学では車谷長吉、大衆小説では難波利三が好きだ。
人の憂いと市井の人たちの情の世界が好きである。
映画なら最大公約数を相手にしていた時のイタリア映画が好きである。
ゴダールの映画等見たくもない。
ウォン・カーウァイもタランティーノも好きである。
アナログ感が最高に愛おしいからだ。
居酒屋やファミリーレストランに行くくらいなら、立ち飲みかイタリアンに行きたい。
人や材料や店の雰囲気の全ての原価率の高い店しかもったいないからである。
インスタントコーヒーを作るなら、マキネッタで濃いエスプレッソを抽出したい。
コーヒーにはコクしか求めないからだ。
限られた時間と、限られた財布の中身、出来るだけ、こだわった生活を送りたいと思って来た。
それは私がこだわりを疎かにしてきたバブル時代の反動からである。
けれど、実は人生の愉しみはこだわりとは別の中庸の世界に有る。
居酒屋チェーンで味わう冷凍の水っぽい焼き鳥も美味しい。
コーヒーチェーンの薄いアイスコーヒーが恋しくなる時も有る。
映画なら一番観たいのは勝新太郎が出演した幻の香港映画「座頭市対片腕ドラゴン」で有る。
プロレスも同じである。
私が一番プロレスに対してこだわりを持っていた部分の象徴ゴッチさんが亡くなったのと時期を同じくして、キラー・トーア・カマタが亡くなった。
私はゴッチさんの人生観、レスリング観を真剣な眼差しで追い求め、同時に、キラー・トーア・カマタの三段蹴りに自然と笑みが出た時を過ごして来た。
とんねるずがカマタの三段蹴りを真似てくれたとき、何故か、自分の事のように嬉しかった。
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色気の有るプロレスラーが好きである。
純文学では車谷長吉、大衆小説では難波利三が好きだ。
人の憂いと市井の人たちの情の世界が好きである。
映画なら最大公約数を相手にしていた時のイタリア映画が好きである。
ゴダールの映画等見たくもない。
ウォン・カーウァイもタランティーノも好きである。
アナログ感が最高に愛おしいからだ。
居酒屋やファミリーレストランに行くくらいなら、立ち飲みかイタリアンに行きたい。
人や材料や店の雰囲気の全ての原価率の高い店しかもったいないからである。
インスタントコーヒーを作るなら、マキネッタで濃いエスプレッソを抽出したい。
コーヒーにはコクしか求めないからだ。
限られた時間と、限られた財布の中身、出来るだけ、こだわった生活を送りたいと思って来た。
それは私がこだわりを疎かにしてきたバブル時代の反動からである。
けれど、実は人生の愉しみはこだわりとは別の中庸の世界に有る。
居酒屋チェーンで味わう冷凍の水っぽい焼き鳥も美味しい。
コーヒーチェーンの薄いアイスコーヒーが恋しくなる時も有る。
映画なら一番観たいのは勝新太郎が出演した幻の香港映画「座頭市対片腕ドラゴン」で有る。
プロレスも同じである。
私が一番プロレスに対してこだわりを持っていた部分の象徴ゴッチさんが亡くなったのと時期を同じくして、キラー・トーア・カマタが亡くなった。
私はゴッチさんの人生観、レスリング観を真剣な眼差しで追い求め、同時に、キラー・トーア・カマタの三段蹴りに自然と笑みが出た時を過ごして来た。
とんねるずがカマタの三段蹴りを真似てくれたとき、何故か、自分の事のように嬉しかった。
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2007年08月19日
ミナミの街とアントニオ猪木
私は大阪人である。
遊び場、息抜き場としてはミナミを好んでいる。
都心であるキタすなわち梅田の繁華街は、北に行けば淀川に突き当たり、南に行けばオフィス街が待っているだけである。
大阪一、人の流れの多い街ではあるが、同時に人々の呼吸は無機的である。
遊びに空間的な無限や非日常の刺激、あるいは安らぎを求める私には、梅田の街は現実的な日常の渇きしかもたらしてくれない。
ミナミに行けば私の求めるものが全て揃っている。
不思議なのは梅田と比べて、人ひどが住む住宅街や民家が周囲に少なく、また、そこまでの距離があるにも関わらず、醸し出す生活感において梅田の比では無いという事だ。
新宿の三倍はあるといわれる広大な平面世界の中、非日常の場所において醸し出す生活感が、それぞれ高級感、庶民感、波動、情緒、刺激、あらゆるものに化け、その都度、求めるものを満たしてくれる。
スタイリッシュで先鋭的な場所、波動感溢れる優しい場所、闇の中輝く怪しいネオンの場所、湿度というよりは滑り気に近い人の情を醸し出す場所。
それぞれの場所がミナミという生活感漂う街に棲み分け共存している。
私がこの街に行く理由は、その都度それぞれである。
そして、それぞれの求める気持ちに付随して、想い出という癒しを求めている部分も大きい。
金のない時と金のある時、学生の時と社会人になってからの時、独りの時と独りでない時、府立体育館で試合がある時と府立体育館で試合を見た時、女と結ばれた時と女と別れた時、それぞれの対の状況の中でミナミでの無数の想い出が、その時の自分の心の地図を呼び起こしてくれる。
その時の想い出が過去に生きる為に有るのか、前に行く力をくれる為に有るのか、私は、まだ分からないが、ふと、思いつくと、府立対育館で見たアントニオ猪木の世界が想い出として朧げになりつつある事に気付いた。
子供の頃から思春期まで私に多大な力を与えてくれたアントニオ猪木の存在であったが、二十歳を越えた大人に成ってから、府立体育館で全盛期のアントニオ猪木を見たかったと、ふと思った。
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遊び場、息抜き場としてはミナミを好んでいる。
都心であるキタすなわち梅田の繁華街は、北に行けば淀川に突き当たり、南に行けばオフィス街が待っているだけである。
大阪一、人の流れの多い街ではあるが、同時に人々の呼吸は無機的である。
遊びに空間的な無限や非日常の刺激、あるいは安らぎを求める私には、梅田の街は現実的な日常の渇きしかもたらしてくれない。
ミナミに行けば私の求めるものが全て揃っている。
不思議なのは梅田と比べて、人ひどが住む住宅街や民家が周囲に少なく、また、そこまでの距離があるにも関わらず、醸し出す生活感において梅田の比では無いという事だ。
新宿の三倍はあるといわれる広大な平面世界の中、非日常の場所において醸し出す生活感が、それぞれ高級感、庶民感、波動、情緒、刺激、あらゆるものに化け、その都度、求めるものを満たしてくれる。
スタイリッシュで先鋭的な場所、波動感溢れる優しい場所、闇の中輝く怪しいネオンの場所、湿度というよりは滑り気に近い人の情を醸し出す場所。
それぞれの場所がミナミという生活感漂う街に棲み分け共存している。
私がこの街に行く理由は、その都度それぞれである。
そして、それぞれの求める気持ちに付随して、想い出という癒しを求めている部分も大きい。
金のない時と金のある時、学生の時と社会人になってからの時、独りの時と独りでない時、府立体育館で試合がある時と府立体育館で試合を見た時、女と結ばれた時と女と別れた時、それぞれの対の状況の中でミナミでの無数の想い出が、その時の自分の心の地図を呼び起こしてくれる。
その時の想い出が過去に生きる為に有るのか、前に行く力をくれる為に有るのか、私は、まだ分からないが、ふと、思いつくと、府立対育館で見たアントニオ猪木の世界が想い出として朧げになりつつある事に気付いた。
子供の頃から思春期まで私に多大な力を与えてくれたアントニオ猪木の存在であったが、二十歳を越えた大人に成ってから、府立体育館で全盛期のアントニオ猪木を見たかったと、ふと思った。
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2007年08月11日
強さって何やねん
私は中学生のとき、クラスの中で異質な存在であった。
クラスの殆ど全ての男子が、ヤンキールックに身をつつみ、意味も無く先生たちに悪態をつく同級生たちの姿に見て、イライラする事が多かった。
授業中、眠れないからである。
私の楽しみは帰宅して中上健次の文庫本をむさぼり読む事であった。
同時期、ATG映画の存在も知った。
深夜に放送された「19歳の地図」を観ながら、得体の知れない生へのもどかしさに震えた。
何かがしたい。けれど何をしていいのか分からない、もどかしい中学生時代を過ごした。
韓国籍の私だったために、行き着く先は、極端な国粋思想であった。
国の為に死んで行った先人たちの姿に、心の拠り所の無い自分の心の帰属先を求めた。
保守的な自分を確認すると、クラスの中の反動勢力が許せなかった。
ある時、横浜銀蝿のステッカーを鞄に貼付けた馬鹿な男に恥をかかせてやろうと思った。
「おまえの頭はマクドナルドのマークやな、格好ええわ」
「おまえのズボンはアラビアンナイトみたいやな」
誉め殺しの名目で男をからかいつづけた。
私は男がキレてくれるのを待った。
キレたら私にかなう同級生等いなかったからである。
そんな私が少し怖いなと思った一学年上のいきり屋が姉と付き合った。
夜間、帰ってこない姉に限度が越えた母が、別れた父に頼んだ。
父が姉と付き合っていた男をドライプインに呼び出した。
同席した私は学校で一番怖い○田さんの震える足下を見た。
普段、学校の先生たちに怒声を発し続ける校内暴力の張本人の○田さんが、初めて大人の怖さを知ったのである。
そんな父も小指の無い人間であった。
父に尋ねた。
「多数決で負けただけや」と答えた父は、武器等つるはししかない古典的な土建ヤクザであった。
父の子として生まれてプロレスラーに憧れた。
強い者に憧れたが、何を持って強さというのかが少しずつ分かりだしてきた。
数の論理や、武器の論理、体格、そんなもので強さを誇示したところで何の意味があるのだろう。
くさい言い方だが、優しさなき強さに意味等無いのだ。
けれど強さ無き優しさにも、また意味など無い。
男だったら闘ってみたら良い。
負けとか勝ちとか関係ないのだ。
一度でいい。
闘ってみたらいいのだ。
プロレスや格闘技や、人が闘う姿にうんちく垂れて自分が闘わない事ほど女々しい事は無いのだ。
闘う前に震える自分の姿を確認すれば良い。
闘いの怖さに震える人間ほど強くなれる。
そして誰よりも優しくなれるはずである。
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私的・前田日明の影
クラスの殆ど全ての男子が、ヤンキールックに身をつつみ、意味も無く先生たちに悪態をつく同級生たちの姿に見て、イライラする事が多かった。
授業中、眠れないからである。
私の楽しみは帰宅して中上健次の文庫本をむさぼり読む事であった。
同時期、ATG映画の存在も知った。
深夜に放送された「19歳の地図」を観ながら、得体の知れない生へのもどかしさに震えた。
何かがしたい。けれど何をしていいのか分からない、もどかしい中学生時代を過ごした。
韓国籍の私だったために、行き着く先は、極端な国粋思想であった。
国の為に死んで行った先人たちの姿に、心の拠り所の無い自分の心の帰属先を求めた。
保守的な自分を確認すると、クラスの中の反動勢力が許せなかった。
ある時、横浜銀蝿のステッカーを鞄に貼付けた馬鹿な男に恥をかかせてやろうと思った。
「おまえの頭はマクドナルドのマークやな、格好ええわ」
「おまえのズボンはアラビアンナイトみたいやな」
誉め殺しの名目で男をからかいつづけた。
私は男がキレてくれるのを待った。
キレたら私にかなう同級生等いなかったからである。
そんな私が少し怖いなと思った一学年上のいきり屋が姉と付き合った。
夜間、帰ってこない姉に限度が越えた母が、別れた父に頼んだ。
父が姉と付き合っていた男をドライプインに呼び出した。
同席した私は学校で一番怖い○田さんの震える足下を見た。
普段、学校の先生たちに怒声を発し続ける校内暴力の張本人の○田さんが、初めて大人の怖さを知ったのである。
そんな父も小指の無い人間であった。
父に尋ねた。
「多数決で負けただけや」と答えた父は、武器等つるはししかない古典的な土建ヤクザであった。
父の子として生まれてプロレスラーに憧れた。
強い者に憧れたが、何を持って強さというのかが少しずつ分かりだしてきた。
数の論理や、武器の論理、体格、そんなもので強さを誇示したところで何の意味があるのだろう。
くさい言い方だが、優しさなき強さに意味等無いのだ。
けれど強さ無き優しさにも、また意味など無い。
男だったら闘ってみたら良い。
負けとか勝ちとか関係ないのだ。
一度でいい。
闘ってみたらいいのだ。
プロレスや格闘技や、人が闘う姿にうんちく垂れて自分が闘わない事ほど女々しい事は無いのだ。
闘う前に震える自分の姿を確認すれば良い。
闘いの怖さに震える人間ほど強くなれる。
そして誰よりも優しくなれるはずである。
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私的・前田日明の影
2007年07月22日
大阪城ホールと飛び散る椅子とマハラジャの想い出
学生時代、プロレスの警備のアルバイトを探して来てくれた同級生のおかけで、私は新日本プロレスの大阪での大会はただでアルバイトがてら観戦する機会に恵まれた。
大阪城ホールが出来ると、そこでの大きな試合も増えた。
選手の花道を確保する為に入場通路に立ち観客に押されながらも必死に両手を水平に伸ばし続けた。
ブルーザー・ブロディの振り回すチェーンが自分の目の前でぶれて見えた。
大阪城ホールで暴動が起きた時、リングを囲み、暴徒と化した観客からリングを守った。
その時、目の前に飛び散る椅子の恐怖は今でも忘れられない。
這々の体でアルバイトを終え、電車に乗り込み、京橋で途中下車し、アルバイト仲間と牛丼を食べた。
金縁眼鏡にNWA王者も顔負けするような大きなバックル付きのベルトをケミカルジーンズに巻いていたバイト仲間は「俺にまかせとけば上手い仕掛け方すんのにな」と真顔で言った。
この頃からそういうませたプロレスファンがマッチメーカー気取り、プロデューサー気取りでプロレスをミス・リードしてきた。
そういえば、その頃からプロレス会場が若年化しだした気がする。
プロレスブームの終わりと共に一般のファンが廃除され、プロレスファンだけのミニマムな世界になりつつあるプロレスに不安を感じながら、私はJR京橋駅から環状線に乗って
大阪駅で降りた。
シャツの上にネクタイを足し、マルビルにあったマハラジャに入った。
世間と少しずつズレて来たプロレスファンの群れに失望しながら、当日のアルバイト代を
あぶく銭に変えてしまった。
1年後同じマハラジャに長州力が招かれた。
長州が登場するまでの間、ユーロビートに乗ってタコ踊りで弾ける客たちは、私が嫌いになりつつあったプロレスファンたちの群れであった。
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大阪城ホールが出来ると、そこでの大きな試合も増えた。
選手の花道を確保する為に入場通路に立ち観客に押されながらも必死に両手を水平に伸ばし続けた。
ブルーザー・ブロディの振り回すチェーンが自分の目の前でぶれて見えた。
大阪城ホールで暴動が起きた時、リングを囲み、暴徒と化した観客からリングを守った。
その時、目の前に飛び散る椅子の恐怖は今でも忘れられない。
這々の体でアルバイトを終え、電車に乗り込み、京橋で途中下車し、アルバイト仲間と牛丼を食べた。
金縁眼鏡にNWA王者も顔負けするような大きなバックル付きのベルトをケミカルジーンズに巻いていたバイト仲間は「俺にまかせとけば上手い仕掛け方すんのにな」と真顔で言った。
この頃からそういうませたプロレスファンがマッチメーカー気取り、プロデューサー気取りでプロレスをミス・リードしてきた。
そういえば、その頃からプロレス会場が若年化しだした気がする。
プロレスブームの終わりと共に一般のファンが廃除され、プロレスファンだけのミニマムな世界になりつつあるプロレスに不安を感じながら、私はJR京橋駅から環状線に乗って
大阪駅で降りた。
シャツの上にネクタイを足し、マルビルにあったマハラジャに入った。
世間と少しずつズレて来たプロレスファンの群れに失望しながら、当日のアルバイト代を
あぶく銭に変えてしまった。
1年後同じマハラジャに長州力が招かれた。
長州が登場するまでの間、ユーロビートに乗ってタコ踊りで弾ける客たちは、私が嫌いになりつつあったプロレスファンたちの群れであった。
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